第58話 閑話 私の女神様 リリアン視点
「リリアン様、そろそろグナの球根がきれいに溶けてきましたよ」
王宮医師団長のジュール様からそう声をかけられハッとした。
どうやら医学書を読むのに没頭していて時間が経っていたようだ。
ここは王宮医師団棟の調合室の一角。
私は回復薬を煮た立たせている時間を利用してこの間どうしても理解出来なかった骨折に関する治療法を読み返していた。
「ジュール師匠、私のことはリリーとお呼びくださいと何度も言っているではないですか。様はおやめ下さい。それに私に対して敬語は必要ありません。私はジュール師匠の弟子なのですから」
「いや、その師匠というのは何だか気恥ずかしいね。では、可愛い弟子の申し出通り、リリーと呼ばせてもらうよ」
ジュール師匠はそう言うと人懐こい優しい目を細めてにっこりと笑った。
私は回復薬の鍋の火を止めながらこの師匠から医学のことを学べる喜びをかみしめていた。
ことの発端はアヤカ様から任命された薬師の助手。
まあ、そこに至るまでの過程は私の勘違いから始まったある事件なんだけど、思い出すととても落ち込むのでここでは割愛しましょう。
アヤカ様が剣術の訓練で忙しくなった後も私と侍女のマリーは王宮医師団に通い、薬師の皆様のお手伝いをしていた。
もちろん、アヤカ様の侍女であるミリアさん、リタさん、ターニャさんも一緒。
5人で助手チームとして活躍していた。
アヤカ様からは『アシストレンジャー』と命名をしてもらった。
どういう意味かと聞いたところ、『アシスト』は助ける、『レンジャー』とは5人一組で活躍する正義の味方だと言うことだった。
私達にぴったりの名前だ。ありがたいことだ。
ある日、私が薬師のユリアーナさんから頼まれて回復薬の鍋をかき混ぜていたところなんだかいつもと違う感覚があった。
隣の作業台で同じ様に鍋をかき混ぜているマリーも首を傾げながら作業をしている。
その様子に気がついたジュール師匠が作業を終えた私達を鑑定してくれた。
なんと私とマリーに『薬師』のスキルが付加されていた。そのほかに、マリーは『緑の手』、私は『鑑定』のスキルまで入手。
もしや、ミリアさん達も? と、思い3人にもジュール師匠の鑑定を受けてもらった。
案の定、3人とも『薬師』のスキルが付加されていて、ミリアさんはマリーと同じ様に『緑の手』も付加されていた。
この発見に皆は歓喜した。
特に私は学園での成績は中の上、魔力が多いのにそれを生かすスキルもなし。
卒業後もやりたいことも得意な事もなく、あとは無難な家柄の子息と結婚をする未来しかなかったからなおさらだ。
早速、王宮医師団に様子を見にきたアヤカ様に報告した。
久しぶりに会うアヤカ様はますますお綺麗になっていた。
剣術の訓練後らしく黒の細身のスラックスに詰め襟の騎士服、腰に巻きついたソードホルダーが余計に腰を細く見せている。
サラサラの長い黒髪を高い位置で一つに纏めているその姿はキリッとしているのに可愛らしい。少女のような可憐さと大人の女性の色気があり、ドキリとする。
調合室にいる男性のみならず女性の視線まで釘付けです。
本人は自分の魅力に全然気づいていないらしく、部屋中の皆さんに笑顔を振りまくものだからそこかしこの作業台で手元が狂ってちょっとした騒ぎになっている。
女神様にそっくりな顔で微笑まれたらそうなるのは頷けるよね。
私はマリーと顔を見合わせて苦笑した。
そんな騒ぎもスルーしてアヤカ様が口を開いた。
「リリアン様もマリーさんも薬師のスキルが付加されるなんて良かったですね。今まで回復薬作成の助手をしてくれたご褒美ですね。リリアン様は鑑定のスキルまで付加されたとなるとこれはもう、医師を目指すしかないですね」
アヤカ様のその言葉がストンと胸に落ちてきた。
それだ! と思った。
三年前、母が亡くなった時、何も出来ない自分がとても歯がゆく、情けなかった。
今、私の目の前に新たな未来の道が開いた。
あーやっぱりアヤカ様は女神様なんだ。そう確信した瞬間だった。
「アヤカ様! ありがとうございます。私、これから医師をめざします」
「では、リリアン様はジュール様に弟子入りですね。あ、私、これから化粧品の開発もしようと思っているんです。リリアン様のデビュタントに間に合うように頑張りますね」
アヤカ様のその言葉を皮きりに私はジュール師匠に弟子入りし、アヤカ様の化粧品開発事業を私達『アシストレンジャー』で発足。
ターニャさんは王宮の薬草畑の3分の1を『アシストレンジャー』の畑として使用する権利を獲得、第二王子のレイモンド様を説得したらしいけど本当かしら?
リタさんは実家が大商家とういうことから開発済みの試作品を商品化、販促交渉を一手に受け持ってくれている。
実家の弟さんを使いっぱしりにしているようだが姉弟仲に亀裂が出来ないか心配です。
ミリアさんに至っては化粧品開発のために王宮医師団の調合室をお借りするのは心苦しいとなんと、隣に3階建ての『アシストレンジャー』の事務所兼開発室兼倉庫を作ってしまった。
そういえば、宰相と魔導師団長を動かしたようだけど、ミリアさんって一体何者なんでしょう?
敵に回してはいけない人と言うことは心に刻んでおきましょう。
そんなこんなで午前中はジュール師匠と医師のお勉強、午後は『アシストレンジャー』の開発室でアヤカ様の発案を試作するという忙しい毎日だ。
こうなると毎日、ヘンウット家のお屋敷に帰るもの面倒になってくる。
いっそ『アシストレンジャー』の事務所の隣に宿泊所でも作ってもらおうかな。
そう思った瞬間、お父様の顔が浮かんだ。
あーせっかくアヤカ様のおかげでお父様とのわだかまりも消えたのだからやっぱり、毎日お父様のいるお屋敷に帰らなきゃね。
さあ、あとひとがんばりしますか!
「ジュール師匠、ここに書いてある説明がよくわからないのですけど、教えて下さい」
私は医学書を持ってジュール師匠のもとへと近づいた。
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