第57話  癒しのジャイロー

 だだ今、マー君にエスコートされて晩餐会の会場に着きました。


 晩餐会にはジャイナス国の皆さんはもちろん、ルイレーン国の2人とメアリー様も出席と聞いているのでとても楽しみだ。


 マー君は昼間の騎士団の正装から深緑のスーツに着替えていた。

 艶のある黒髪に深緑色のコートスーツがよく似合っている。


「マー君! そのスーツとってもよく似合ってるね」という私にマー君も笑顔で答えてくれた。


「アヤの方こそ、すごく綺麗だよ」


 はい! お褒めの言葉いただきました。


 私も晩餐会のために水色のドレスから淡いピンクのドレスに着替えましたよ。


 色が可愛らしいのでデザインはシンプルにAラインで襟ぐりが広く取られたドレス。同じ共布で作られたチョーカーを首の後ろでリボン結びをしている。


 そのチョーカーを生かすため髪をアップにし、メイクも元の世界で習得した技術を駆使しました。


 この世界の化粧品は分析、解析をしたところ、わりと安心して使える物だった。


 肌に良いミネラル成分の入った鉱物を粒子の細かい砂状にして植物の種から絞った色素を混ぜ合わせて作られていた。


 でも色が1色しか無かったので、薬師と緑の手のスキルを使って3色のファンデーションを作ったのだ。


 だって、肌の色ってみんなそれぞれ違うものね。


 そしてアイシャドーはあってもアイラインというものが無かったので、無いものは作ってしまえと、炭とターメリナという木の樹液を混ぜ合わせて作ってみた。


 細い筆に付けて使うのだがこれがなかなか良い物が出来た。この世界の人に合わせて色も何種類か製造。


 この化粧品の開発にはリリアン様とマリーさん、私の侍女さんチームが大健闘。


 私の瘴気浄化ポーション作成をお手伝いしてくれてるうちに皆さん、薬師のスキルを入手、土属性を持っているミリアさん、マリーさんは緑の手、魔力量の多いリリアン様にいたっては鑑定のスキルもいつの間にか入手していた。


 ミリアさんにディランさんと結婚しなくても王宮医師団に就職すれば将来安泰ですねと言ったら、ディランさんにめっちゃ睨まれたのは記憶に新しい。


 今回も発案するけど後の製造や流通は人任せというスタンスを取りました。

 だって、私に商売の才はないからね。


 そしてこれも縄跳びに続き王宮を中心に流行らせました。

 主に王妃様とメアリー様を広告塔にしてね。

 じきに城下にも流行るでしょう。


 晩餐会用ドレスに着替えたところで自分でメイクをしたいと申し出た私に侍女さんチームの3人はしぶしぶ了承した。


 見た目はナチュラルメイクだが、アイラインで目元パッチリ、ビューラーが無いので創造魔法で睫毛をぐっと上にあげた。

 やり方は簡単、細い棒で睫毛を上に向けその形に『形状記憶』と唱えただけ。


 今度、時間のある時にでもマスカラを作ってみようかな。


 アイシャドーはあえてつけず、鼻筋はスッと見えるようにシェーディング。


 あとは健康的に見えるように頬をほんのりピンクにし、唇を艶々のローズピンクにすれば出来上がり。


 私がメイクをしているのを食い入るように見ていた侍女さんチームはなにやらメモをしているのを見るとメイク術の勉強になっているようだ。


 ここまでメイクに気合いを入れたのはこの世界に来て初めてだ。

 晩餐会と言えば今まで子供の姿だったからね。

 あの色彩が豊かな煌びやかな人達に対抗するにはメイクで自信をつけるしかないのだ。


 さあ、席に案内されて着席。

 ぞくぞくと晩餐会メンバーが到着した。


 ヘンドリック王子の後ろをジャイローが歩いている。


 あれ? 大きさがふた周りほど小さくなってる。

 へぇ、大きさも自由に変えられるんだ。

 賢いね。


 ジャイローと目が合ったので嬉しくて思わず笑顔を向けた。


 全員が揃ったところで国王様の音頭とともに晩餐会がスタート。


 私の席はジャイナス国の4人と同じ列。

 右手にイーサン様、左手にメアリー様。


 イーサン様は光沢のあるブルーのスーツ姿。

 普段の白い法服でさえもファッショナブルに着こなしていると言うのに本気の盛装はある意味凶器。


 給仕のため壁に控えているメイドのお姉さま達を悩殺している。


 メアリー様は相変わらず妖艶な美魔女。

 トレードマークとも言える真紅のドレスに黒の幅の広いベルトが細いウエストを際だたせている。

 艶のある赤い髪は片側に垂らすようにふんわりと結ってある。


 そしてちょうど向かい側の席にはオル様、アデライト様、レイ様が並んで座っている。


 キチンと盛装をしているアデライト様は美の女神のようだ。

 金髪のオル様とレイ様は美の女神を守る太陽神と言ったところか。


 気合いを入れてメイクをして来たが何だかへこむ。


 人知れずそっとため息をつく私にイーサン様が話しかけてきた。


「アヤカ様、今日は一段とお綺麗ですね。その口紅にもしかして美人樹の香油を使ってますか?」


 そう言って私の顔を覗き込みじっと唇を見つめる。

 その色っぽい仕草にドキリとする。


「さ、さすが、イーサン様ですね。お土産にいただいた香油を口紅になる前の原料に混ぜたんです。こうして使うと艶のある口紅になるんです」


 内心のドキドキを隠して微笑みながら答えると反対側から声がかけられた。


「あら、ではその口紅は新作なのね。私にも作ってくれないかしら?」とメアリー様。


 この世界の口紅は紅花と似ている花を乾燥させてから粉末にし植物油を混ぜて練りあわせているのでマッド感のある口紅に仕上がっている。


 それはそれでメイク術によっては映えるのだが私はグロスをイメージした口紅が欲しかったので作ってみたのだ。


 剣術の訓練の合間に試行錯誤の末、美人樹の香油がドンピシャだった。

 もちろん、万能タブレットで唇に塗っても安全か確認済み。


 ほんのり金木犀の香りがするのもポイントが高い。


 一見すると色が物足りない感じだが塗ると、自分の唇の色と相まっていい感じになるのだ。


「ふふふ、もうメアリー様と王妃様の分は作成済みです。後でお届けしますね」

 私がそう言うと、メアリー様は嬉しそうににっこりと笑った。


 イーサン様も自分の国の特産品が使われていると言うことで興味津々だ。


 3人で和やかに話をしていると不意にメアリー様の表情が厳しくなった。


 視線の先を見るとちょうどアデライト様がオル様のお皿からお肉を一切れ奪い取り自分の口に入れたところだった。


 私からしてみるといつもの光景だが、マナーの達人からしてみるととんでもないことなのだろう。


 そこへ今度は、ガッシャン!という金属音とともにジャイナス国の聖女様の声が響いた。


「もう! ヘンドリック王子はうるさいから嫌! 私、あそこの席に行きたいわ。パープルの髪のお姉さん、替わってちょうだい」


 なんとアデライト様に向けて言ったようだ。

 その言葉にその場にいた皆がギョッとした。


 言われたアデライト様は豪快にワインを飲み干してグラスを置き、おもむろに立ち上がった。


「良いぞ。替わってやろう。では私はアヤカの席にする。アヤカ、そこを退いてくれ」そう言うアデライト様をオル様が慌てて引き留めた。


「ダメです。アディ師匠は僕のそばから離れないでください」と言ってアデライト様の腕を掴んだ。


 それを見た私はカッと頭に血が上り、立ち上がった。


「アデライト様、どうぞこの席にお座り下さい。私はサーヤ様の席に行きます」と、思いっきりオル様を睨んで言い放し、さっさと席を移動した。


 私の鬼気迫る様子に引き気味のジャイナス国一同。


 ちょっと、サーヤ様なにぼーっとしてるんですか。あなたが言い出しっぺでしょうが。

 私の無言の圧力にサーヤ様はそそくさと席をどいた。


 私はサーヤ様がどいた席には座らず、ヘンドリック王子の後ろでおとなしくお座りをしているジャイローに抱きついた。


 そのとたん、壁にひかえていたメイドさん達から悲鳴が上がった。


「隠密術と結界をいとも簡単に解いた。すごいなアヤカは」

 驚いた顔でそうつぶやくヘンドリック様。


 メイドさん達の悲鳴もヘンドリック様の呟きも今の私にはどうでも良かった。


「ジャイロー、ごめんね。ちょっとこのままでいさせてね」


 モフモフは正義だ。

 ジャイローに抱きついていると癒される。


「大丈夫だ。アヤカの好きなだけこうしていると良いぞ」


 なんてイケメン発言なんでしょう。

 私が雌の黒豹なら惚れちゃうよ。


 あーそれにしても、アデライト様が現れる前のオル様の態度から、もしかしたらオル様も私を好きでいてくれるのかもと思っていたけど、とんだ自惚れだったな。


 いつも並んでいる2人を見ると胸がモヤモヤするのは嫉妬だ。認めたくなくて今まで目を逸らしていたけど、潔く認めましょう。

 私は心の狭い人間なんだ。


 私がジャイローに癒されている間にそれぞれ席を移動したサーヤ様とアデライト様が、マナーの達人の逆鱗に触れ、混沌とした中、晩餐会はお開きとなった。


 そして晩餐会の翌日からサーヤ様とアデライト様がメアリー様の授業を受けることになったのを知るのは数日後のことだった。

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