第54話 ジャイナス国の聖女様

 マークスさんからの精神的ダメージを食らった日の夕食時にお披露目会の概要をオル様が話てくれた。


 だけど正直耳には入ってこない。


 なぜなら正面の席にならんで座っているオル様とアデライト様の様子を観察するのに忙しかったから。


 そう言えば、みんなで夕食を食べるようにようになってから毎回席をローテーションしていたが、アデライト様が参加するようになってから席が固定されている。


 必ず、オル様とアデライト様は並んで座り私の正面、私の左はマー君、右はレイ様だ。


 そんなことを考えているとオル様が私の名前を呼んだ。


「アヤカ、聞いてる?」


「え? 何を? あ、お披露目会の日程でしょ? マークスさんからも聞いたから」


「うん、それと、聖女召喚に成功したジャイナス国の第一王子が聖女を伴ってわが国に向かっているって話」


「あ、それは聞いてなかった。ごめんなさい。聖女様が来るのね、わかった」

 

「それって、ジャイナス国の聖女様もマサキとアヤカと一緒にお披露目するってこと? なんでジャイナス国でやらないの?」


そうレイ様が言うと、それに答えたのはアデライト様だった。


「それがな、ジャイナス国のやつら私が教えた召喚の魔法陣にどうやら手を加えたらしい。いや、手を加えたのではなく削ったが正しいな。聖女の条件の項目を削ったことにより、とんでもない聖女が召喚されたらしい」


 とんでもない聖女様?


 どうやら、聖女召喚の条件を削ったことにより今までにない、我がままで自己中心的な女の子がジャイナス国に現れたらしい。


 歳は18歳、可愛らしい外見に似合わず、気に入らないことがあるとすぐに癇癪をおこし侍女さん達を困らせているらしい。


 その聖女様をジャイナス国の国王が持て余し、聖女伝説のあるこの国に助けを求めたと。


 性格がどうであれ仮にも聖女様、この国の勇者とも息を合わせて悪鬼王討伐をしなくてはいけないと言うことで国王がこれを承諾、その結果ジャイナス国の第一王子と共にこちらに向かっているそうだ。


 聖女様の条件ってなんだったけ? と考えていると目の前に万能タブレットが現れた。



 聖女召喚条件:正義感、勇気、慈愛の心、健康な肉体、魔力を受ける取る器がある者。


 なる程、この条件の何を削ったんだろう?


「俺は、そのとんでもない聖女とチームを組まないといけないのか?」とマー君が肩を落とした。


 大丈夫、悪鬼王討伐に私も参戦するよ。

 マー君の足を引っ張らないように頑張るから。

 心の中でマー君に声援を送る。


 そして魔族の国に親善外交大使として赴任しているオル様のご両親もお披露目会に出席するために帰国するらしい。


 魔族の王族と共に帰国すると連絡があったという。

 オル様のご両親か。

 どんな人達だろう? 仲良く出来ると良いな。


 この話を聞いたちょうど一週間後にジャイナス国の一行がこの王宮に着いた。


 私とマー君もお出迎え要員として王宮の正門に待機。


 マー君は黒の騎士団の正装、私は七分袖の水色のシルクドレスに髪の毛をハーフアップに纏めて軽くお化粧をしてもらった。


 王家の皆さん、宰相のサムネル様、魔導師団長のオル様、各国に名を知られる魔術の天才アデライト様というそうそうたるメンバーに私なんかが混じっていて良いのだろうか?


 マー君は勇者だから当然だけど、私って確かジャイナス国で勇者のおまけって言われているんじゃなかった?


 とりあえず、列の一番最後方の端っこにいよう。


 そんなことを思いながら正門を見つめていると立派な黒塗りのジャイナス国王家の紋章入りの馬車が20人ほどの騎馬隊に守られながら入って来た。


 馬車は4台。

 その内の2台は荷物が乗っているようだ。


 最初の馬車から3人の男性が降りてきた。

 いずれも20代前半だろう。


 中でもひときわ目を引くのは黒の短髪に金色の瞳の男性だ。


 自信に満ちた物腰、鋭い目つき、日に焼けたがっしりした躯体、何よりも全身を覆うオーラが他の2人とは一線を画している。

 ワイルド系のイケメンといったところか。


 きっとこの人がジャイナス国の第一王子に違いない。

 獣人族だけどケモミミやしっぽはないようだ。

 残念だ。ちょっぴりテンションが下がる。


 あとの2人は側近と護衛の人かな?

 1人は水色の癖毛に薄茶の瞳、もう1人は肩までの金髪にブルーの瞳。

 2人ともガッシリとした体格だ。


 そして2台目の馬車から第一王子と思われる男性の手をかりて1人の女の子が降りてきた。

 明るい茶色の髪に同じように明るい茶色の瞳の可愛い女の子だった。


 きっとこの女の子がジャイナス国の聖女様に違いない。

 同じ日本人じゃないことに少しガッカリしたが、聞いていた話より普通そうでホッとした。


 その時、第一王子と思われる人の元に空から黒い大きな物体が舞い降りてきた。


 え? あれは何?


 それは体長3メートルほどの黒豹だった。

 しかも普通の黒豹ではない、なぜなら背中に羽根が生えていた。


 空を飛ぶ黒豹? すごい! さすが異世界、ファンタジーだ。

 驚きで声も出ない私を置き去りにみんなは平然としている。


 空飛ぶ黒豹は普通なの? 


 ジャイナス国の王子を取り囲み挨拶が行われている中、私は1人輪からはずれ黒豹を食い入るように見ていた。


 艶々のあの毛並みは触ると気持ちいいだろうな。

 あんなに大きな体だから肉球も大きいよね。

 あー触ってみたい!


 私の欲望に満ちた視線に気づいた黒豹がこちらにのっしのっしと歩いてきた。

 そして私の目の前でお座りすると、こてんと首を傾げた。


 か、可愛い!

 とっても大きな黒猫みたいだ。


 普通の黒豹の3倍は大きいような気がする。まあ、黒豹じたい動物園で遠目にしか見たことないから確証はないが。


 黒豹って肉食獣だけど全然怖くない。

 何でだろう?怖いどころか知性を感じる。


 撫でても良いのかな? 良いよね。


 誰に問いかけるでもなく自己完結し、ちょうど私の胸あたりにある黒豹の頭を撫でてみる。


 想像以上に手触りの良い感触に思わず黒豹の首に抱きついた。

 あー幸せ。


「とっもスベスベね。それにお日様の匂いがする。羽根があるなんて素敵ね。私はアヤカ。あなたのお名前は?」


 そう黒豹に話しかけていると「「「アヤカ!」」」と私の名前を呼ぶ数人の声が響いた。


 な、なに?と声がした方を振り返るとその場にいたみんながこちらを驚きの目で見ていた。


 あ、ご挨拶の輪に入らなかったのがまずかったのかな?


 そんな中、聖女様の苛立ったような声が響いた。

「ちょっと!いつまで待たせるのよ。お尻が痛いんだから、早く部屋に案内してちょうだい。」


「サーヤ、今挨拶している途中だ。少しおとなしくしていてくれ」


「お言葉ですが、ヘンドリック王子、私はとっても疲れているんです。あの子は黒豹と遊んでいるだけじゃない。ああ、なるほどあの子は黒豹のお世話係ね。なら私の侍女にしてあげるわ。飼育員から昇格よ。喜びなさい。さあ、今すぐ部屋まで案内しなさい」


 最後の一言は私に向けて言った言葉らしい。

 その言葉に怒ったのはなんと黒豹だった。

 おもむろに立ち上がり聖女様に向けて口を開いた。


「小娘、それ以上アヤカに無礼を働くと許さんぞ」


 しゃべった! それに私の名前を呼んでくれた。

 なんだか嬉しい。


 私は黒豹の耳の後ろをワシャワシャとかきながら言った。


「私のために怒ってくれてありがとう」


 そして私はジャイナス国の第一王子に向かってドレスのスカートをつまみ腰を折る。


「ジャイナス国第一王子のヘンドリック殿下、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。私はアヤカ・レミリン・ティナドールと申します。アヤカとお呼びください。聖女様、遠いところお疲れ様でした。勇者様と私のお披露目会が控えておりますので多忙につきあなたの侍女になることはお断りいたします」

 と言ってとびきりの笑顔を向けた。


 お披露目会をやるに当たり私の名前は『アヤカ・レミリン・ティナドール』と名乗ることになった。名前がやたら長いがかまずに言えてホッとした。


 私の言葉にヘンドリック王子は目を丸くしたと思ったら盛大に笑い出した。


「いや、笑ってすまない。では、遠慮なくアヤカと呼ばせてもらおう。俺はヘンドリック・マース・ジャイナスだ。ヘンドリックと呼んでくれ。さすが女神様と聖霊様の愛し子だ。ジャイローが女性に心を許すなんて、初めてだよ。サーヤ、こちらの女性は勇者と共に召喚された名付けの愛し子様だ。先ほどの無礼をお詫びしなさい」


 どうやら黒豹は『ジャイロー』と言うらしい。良い名前だ。


 ヘンドリック王子に諭された聖女様は悔しそうに唇をかんでぷいと横を向いてしまった。


「ヘンドリック様、もう良いです。私がちゃんとご挨拶の場に居なかったのがいけないのですから」と私が言うと聖女様は途端に機嫌を直したようだ。


「そうよ。この子が最初から名乗らないのが悪いのよ。それに愛し子って何のことよ。所詮は勇者のおまけでくっついて来たんでしょう?」


 その言葉にターマス国側の皆さんが殺気立った。

 それを察知したヘンドリック王子が慌てて言った。


「サーヤ、いい加減にしてくれ!」


 あーこれじゃあ、らちがあかないね。


 ジャイナス国で広がる『勇者のおまけ』の称号は討伐メンバーの実力が付くまで甘んじて受けましょう。


『おまけ』だってそう捨てたもんじゃないんだよ。

 元の世界じゃあ、『おまけ』欲しさに対象商品を買いあさったりするんだから。


 そう思った私はそっと宰相のサムネル様に視線を向けた。

 サムネル様は私のアイコンタクトを受け取り、ジャイナス国王子一行に言った。


「さあ、そろそろ皆様の滞在する離宮にご案内いたします。夕食は歓迎の晩餐会になりますので後ほど迎えの者をむかわせます」

 とこの場をおさめた。


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