第55話 ジャイナス国第一王子の憂鬱① ヘンドリック視点
「ヘンドリック殿下、もうすぐでターマス国の王宮に着きます」
馬車の周辺の守りを固めている騎士団長から声がかけられた。
「そうか」と馬車の中から短く返事をして俺はここに来るまでのいきさつを回想していた。
あれほど聖女の召喚に反対したのにもかかわらず、我が国の国王は実行してしまった。
国王は俺の叔父上。
俺は王弟の息子だが、現国王に子供がいないため第一王子となっている。
いったい、国王は何を考えているのか。
魔術の天才と謳われるアデライト・カルノー様を自国に呼び寄せ聖女召喚をさせようとしたらしいが体よく断られたらしい。
そこで諦めれば良いものを、やり方だけでも我が国の魔導師団に伝授してほしいと食い下がったという。
もともと召喚をするには足りていない魔導師団の魔力量を魔石で底上げしたようだがそれでも足りなく、魔法陣を足りない魔力量で補えるように軽くしたという。
その結果がこれだ。
魔法陣に現れた聖女を見た時は国王も魔導師団も歓声を上げ、国民に大々的に聖女召喚成功をアピールし自分の功績を褒め称えよと言わんばかりだった。
だが、一週間もすると聖女の傍若無人な振る舞いが目立つようになった。
召喚された聖女は18歳の少女。
名前をサーヤ・バルレア。
黙っていれば可愛い少女だがこれが、とんだわがまま娘だった。
彼女についた侍女のお茶の入れ方が気に入らないと文句を言い、侍女の髪の結い方が下手くそだと文句を言う。
この国の歴史や習慣を教えようにも勉強は嫌だと逃げる。
次第に国王もこの聖女を持て余し、あろうことか勇者がいるターマス国に押しつける始末。
そしてついでに日頃から意見が対立する俺のこともこれを機に排除しようと聖女のお目付役として任命したのだ。
俺は先程の休憩時の聖女の言葉を思い出し眉間に皺を寄せた。
その顔を見て馬車の対面の座席にいる側近兼護衛のルドルフ・ハルトマンが頬にかかる金髪を鬱陶しげにかきあげ口を開いた。
「しかし、先程は驚きましたね。聖女様が馬車はお尻が痛いから黒豹に乗せろと言うなんて」
「ああ、僕もそれを聞いて心臓が止まるかと思ったよ。ジャイローの耳に入ったら怒り狂うだろうな」
そう言いながらエミリオ・グラシアが読んでいた書類から顔を上げた。
黒豹とは俺の守護獣で名前をジャイローという。
体長3メートル、背中には羽根があり自由に空を飛ぶことが出来る。
聖獣様の愛し子である俺は子供の頃からジャイローがそばにいて俺の身の回りを守ってくれている。
こうして我々が馬車で移動している間も彼は空を翔てついてきている。
休憩のため馬車を止めるとスッと、どこからともなく俺のそばに寄り添って来るのだ。
守護獣は聖獣の眷属と言われている誇り高い存在だ。
そのため、自分の心を許した相手にしか触れさせることはない。
それを知らず触れようとすれば、痛い目を見る。最悪かみ殺されても文句は言えない。
獣人国では誰もが知っている事だが勉強嫌いの聖女はこの事を覚えていないようだ。
まあ、ジャイローの威圧感ある見た目から聖女は日頃から近寄ることはないが。
あの聖女がジャイローに触れたとたん噛みつかれて大怪我するのは目に見えている。
そんな事を考えていると、エミリオが先程読んでいた書類を俺に差し出しながら言った。
「ヘンドリック、これ読んでみて。僕がターマス国に潜らせた影の者から先ほどの休憩の時に届いた報告書。どうやら、僕達は陛下から間違った情報をもらっていたようだよ。勇者の情報は概ね同じだけどね、その後がまったく違う」
渡された報告書を読み進めるうちにだんだん頭が痛くなってきた。
いったいこれはどういうことだ?
俺らが国王陛下から渡された報告書にはターマス国での勇者の召喚のさいにおまけがついて来た。
それが子供と言うことで王宮で保護していると言うものだった。
それが、エミリオから受け取った報告書には勇者と共に召喚されたのは18歳の女性と書いてあった。
子供ではないうえに、勇者の従兄妹で女神様と聖霊様の愛し子、しかも名付けの愛し子である。
聖霊様の名付けの愛し子と言うこともあり、ルイレーン国の神官長とターマス国の神官長立ち会いのもと祝福の儀を執り行った。
そして最近ターマス国で開発された『瘴気浄化ポーション』の考案者である。
この度の勇者のお披露目会は名付けの愛し子のお披露目会でもある。
俺は報告書を読みながら頭を抱えた。
叔父上はこんな重要な情報をなぜ隠したのだろうか?
俺はこちらをじっと見ているルドルフに無言で報告書を手渡した。
ルドルフが報告書を読んでいる間にジャイローに念話で『そろそろターマス国の王宮に着く。人族は守護獣を見慣れていないため姿を隠密術で隠すように』と言っておいた。
ルドルフは報告書を読み終えると隣に座っているエミリオに返し深いため息をついた。
「大方、我々の失態を狙ってのことでしょうね。女神様と聖霊様の名付けの愛し子をたんなる勇者のおまけ扱いをしようものなら、ターマス国とルイレーン国が黙っていないでしょう。エミリオの報告書がなかったら罠にはまるところでしたね」
「それにしてもやることが幼稚だよね。そんなことになったらジャイナス国の国王だってまずい立場になるんじゃない?」
「そうなったら、トカゲの尻尾切りで俺の首を差し出せば良いと思ってるのさ」と俺が言い捨てるとルドルフとエミリオが同時に声を上げた。
「「そんな事は絶対にさせない!」ません!」
お前ら本当、良いやつらだな。
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