第51話 全員納得の剣術士 オリゲール視点
アヤカが剣術を習いたいと言ってきた時は驚いた。
それはアヤカが僕とマシュー騎士団長との剣術の訓練を見た後だった。
マシュー団長にアヤカが剣術を教えてほしいと声をかけたときにはマシュー団長だけではなくその場にいたみんなが驚きの眼でアヤカを見た。
その時、一瞬夕食時にマサキとアヤカがお互いに笑顔で見つめ合っていた状況が思い出されて胸の奥がズキンと痛んだ。
やはり、アヤカはマサキの事が好きなのだろうか?
マサキと一緒にいたいがために剣術を習いたいのだろうか?
胸にモヤモヤしたものが取れないまま日が過ぎていった。
そんなとき、第一王子の婚約者であるオリビア嬢がアヤカをお茶会に招待したいと言ってきた。
第一王子のアランにお茶会に招待するご令嬢のリストを持ってきてもらい、アランの執務室でレイモンドといっしょに招待客を厳選することにした。
レイと一緒にご令嬢達のお家事情や人間関係、はたまた令嬢本人の性格を吟味し、14名いたご令嬢が結局アヤカを含めて8名となった。
これにはアランも苦笑いしている。
「こんなに厳選する必要があるのかい?」
「兄上、今、兄上の婚約者について噂されていることをご存じですよね? 良いですか、まず、このオベール伯爵家のカミーユ嬢ですが親戚筋はアヤカを兄上の婚約者にと戯れ言を吹聴しているセルバン侯爵家ですよ?」と、レイが言うとアランは眉毛を寄せて厳しい顔をした。
それもそのはず、アヤカの祝福の儀に出席していた貴族たちの間で、第一王子の婚約者は女神様と聖霊様の愛し子のアヤカの方が相応しいと騒ぎだしたのだ。
あの日、アヤカの本当の姿を初めて見た者達は一斉に色めき立った。
スラリとした姿態と黒髪、黒眼は神殿の壁に描かれた女神様そのもののように目に焼き付いたことだろう。
だが、アヤカは女神様に似ているようで似ていない。
子供の姿の時から身近にいる僕には女神様には悪いがアヤカの方が何十倍、いや何百倍も可愛く、愛しい。
クルクル良く変わる可愛らしい表情、出会う人を言霊で幸せに導く力、この国に変革をもたらす豊かな発想、どれを取ってもアヤカに惹きつけられる。
アランもこの度の婚約者に関する申し立てについては苦々しく思っているようだ。
国王と共に毅然とした態度で跳ね返していた。
そもそも、アランと婚約者であるオリビア嬢はお互いを想い合っている。
そこへ横やりを入れようなど無粋と言うものだ。
大方、セルバン侯爵は自分の娘が第一王子の婚約者になれなかったことへの腹いせだろう。
「アラン、それにこのワイマーク公爵家とパーセル伯爵家は自分の息子をアヤカの婚約者にと再三申し入れをしてくる目障りな家だ。この機会を利用してアヤカに取り入る可能性がある。あと、バルバラ嬢とテレーゼ嬢は魂のオーラが濁っているから却下」
「あ、シーラ嬢とミランダ嬢も却下でお願いします。この二人は夜会で会うたびにまとわりつかれて辟易してるんです。お茶会でアヤカに嫌がらせをしそうなので」
僕とレイの有無を言わせない発言にアランは両手を上げながら笑った。
「わかった。降参だ。二人の言うとおりにしよう。オリビアに伝えておくよ」
そしてこんなにもお茶会の招待客に対して厳選したのにも関わらず、アヤカが薬を盛られるという事件が起きてしまったのだった。
その後の報告で、アヤカは下剤入りの紅茶は飲んでいないことがわかりホッとした。
そしてその事件の張本人を自分の助手として任命するというなんともアヤカらしい処罰を下したのだった。
その日の夕食時、お茶会の話から剣術の話になりアヤカがとんでもない仮説を口にした。
元の自分の世界とこの世界の違いから導き出した仮説。
そしてその仮説から闇落ちすることを防ぐ『瘴気浄化のポーション』を作ることができるのではないかと言い出した。
それからは怒涛の日々だった。
アヤカが発案した『瘴気浄化ポーション』は成功し、そのための今後の展開をこの国の首脳陣と会議の毎日。
魔導師団の仕事はほとんど副団長のルーカスに任せて、僕は王族として会議に出席した。
『瘴気浄化ポーション』の流通に関してのもろもろのことが次々と決まっていく。
瓶詰め作業に関する下請け業者の問題も学生と孤児院の子供達を起用するというアヤカの提案が通り順調だ。
まあ、高位貴族の文官の中には孤児院の子供達を王宮に出入りさせるのを渋る者もいたが、王宮医師団長のジュール様が子供達の出入りは魔導師団棟と医師団棟だけに規制することを約束し、納得してもらった。
そんな中、兼ねてから剣術を習いたいと言っていたアヤカの申し入れを国王が了承したと連絡が入った。
そのために宰相のサムネル様の執務室に召集がかけられた。
メンバーは、国王、サムネル様、レイモンド、マサキ、そして僕。
「父上、どうしてアヤカの剣術訓練を許可したのですか? アヤカが怪我でもしたらどうするのですか?」とレイモンドがソファに座るなり言った。
「い、いや、それが、この度の瘴気浄化ポーションの功績を鑑みて何か褒美をとアヤカに言ったところ剣術が習いたいと言ってきてな」
「それで二つ返事で了承してしまったのですか? 叔父上?」
「オリゲール、お前はアヤカのあの黒曜石のような大きな瞳でお願いをされて頷かない自信があるのか?」
「うっ、それはないですね」
アヤカのあの瞳はある意味凶器だ。
「では、アヤカの剣術の訓練は俺が引き受けましょう」とマサキが嬉々として言った。
「いえ、マサキ殿は勇者としての訓練がありますからそんな暇はないでしょう」とサムネル様が言うと、レイモンドが「僕が基礎から手取り足取り教えますよ、安心してください」と言った。
「マサキもレイモンドも自分の役割があるからアヤカの相手は無理だな。あ、言っておくが、オリゲールも無理だぞ。お前、ここのところ魔導師団の仕事をルーカスに任せっぱなしだろう」
僕が口を開く前に国王から釘をさされた。
さすが叔父上だ。僕が言いたいことがわかったようだ。
だが、アヤカに接する人物となると見過ごせない。
と言うか、他の誰かがアヤカに接する事など許せる訳がない。
「皆さん、そこでアヤカ嬢の剣術の講師は私が見つけてきました。もうすぐこちらにお見えになりますよ」とサムネル様が言った。
一体誰に任命したのか?
騎士団長のマシュー様あたりが有力か?
あの方は剣術の腕は一流だが脳筋だ。
そしてもっとも重要なのは独身の男だということだ。
断固反対しなければ。
みんなで一斉にドアを凝視した。
そしてそこに現れたのはメアリー様の護衛としてこの王宮に滞在しているマークス殿だった。
全員一致の賛成。
マークス殿とアヤカに用意する剣について打ち合わせをしてその場は解散となった。
部屋を出る前にマークス殿が独り言のようにつぶやいた。
「アヤカ様も剣術が習いたいなんてね。あ、もしかしてマサキ様のそばにいたいからかしら?そのうちに騎士団に入団したいなんて言ったりしてね」
そのつぶやきが僕の頭から離れなかった。
どうやって魔導師団棟の自分の執務室に戻って来たかわからない。
やっぱりアヤカはマサキのことが好きなのだろうか?剣術を習いたいのもそのためか?
椅子に座ってぼーとしていたらいつの間にか部屋にルーカスがいた。
「それは違うと思うぞ。アヤカちゃんはマサキ殿のことはもちろん好きだとは思うけど、うーん、なんて言うかな、家族愛的な感じだと思うよ。他に本命がいるよ」
いつの間にか口にしていた僕のつぶやきに対してルーカスがそう言った。
家族愛的なもの?
はっ! それより今、ルーカスはなんて言った?
「他に本命がいる?! だ、誰だそれは?!」
「さあ、誰だろうね? それは自分で聞いてくれ。まったく、もてるくせにこと恋愛に関してはからっきしだな。まあ、そこがお前の良いところでもあるんだがな。それより俺たちには悪鬼王討伐の役目があるのを忘れないでくれよ。まじめな話、アヤカちゃんが勇者と共に召喚されたのって意味があるんじゃないかって俺は思っている。あ、この書類にサインしといてくれ」
そう言ってルーカスは部屋を出て行った。
僕はルーカスが部屋を後にしたドアを声もなく見つめた。
アヤカがマサキと共に召喚された意味。
確かにそうだ。アヤカがいなかったら『瘴気浄化ポーション』は出来なかった。
では、なぜアヤカがこの世界に召喚されたのか?
まだ表面化していない何かが水面下で動き出そうとしているのかもしれない。
とにかく今、僕に出来ることは討伐の準備を抜かりなく行うこと。
そして勇者のマサキと共に敵と戦うことだ。
アヤカが僕の世界に召喚されたことを無駄にしないように。
すべてがに片が付いたら僕の気持ちをアヤカに伝えよう。
まあ、それまではアヤカに悪い虫がつかないように周りを牽制しつつ、アヤカを傷つける者は容赦しないつもりだ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます