第49話 剣術の習得はなんのため?

 ディランさんとライナスさんに護衛されて着いた先は魔導師団棟の訓練所だった。


 しかも岩ちゃんと初めて会った時に使った屋外の訓練所だ。


 扉を開けると長身の男性の後ろ姿があった。

 肩までの艶やかな緑色の巻き髪、白いシャツの袖口には柔らかそうなフリルがヒラヒラしていた。


 紺色のスラックスの引き締まった腰にはソードホルダーにサーベルを携帯している。


 格好からしてこの男性が私の剣術の先生らしい。

 なんだか見たことがあるような…

 その男性がゆっくりとこちらを振り返り、口を開いた。


「あら~来たわねぇ。待ってたわよ」


「あー、やっぱりマークスさんだ!」


 ダンスレッスンのパートナーといい今回の剣術の先生といい、何かと縁のあるマークスさん。


「ま、まさか、国王様は私とマークスさんをくっつけようとしているんじゃあ」


「は? 何言ってるのよ。そんなわけないでしょ」


「そ、そうですよね。いくら何でもマークスさんとだなんてね」


「あ、なんだかとっても失礼な事を言われているような気がするわ」


「いえ、いえ、気にしないで下さい。独り言なんで」


「それのどこが独り言なのよ。丸聞こえよ」


「あははは」とりあえず、笑ってごまかす。


 そういえば、皆の納得する先生を用意すると言っていたけど…

 マークスさんのどこに皆が納得する要素があったのだろうか?


 もしかして見た目に反して向かうところ敵なしの凄腕剣士なのか? 

 それとも初心者をあっという間に一流剣士に育てるスキルを持っているとか?


 そんな事を考えているとディランさんがそっと小声で言った。

「アヤカ様、今考えていることは見当違いだと思いますよ。ですが、マークス様が剣術の講師に選ばれたのにはちゃんと理由があるんです」


 なっ! ディランさんってば、心が読めるのか?


「あ、言っときますけど、心は読めませんよ。でもアヤカ様の考えてることはだいたいわかります。顔に出てますから」と、ディランさん。


 か、顔に? 心じゃなくて表情を読まれていたのか。

 うーむ、恐るべしディランさん。それにしても、ちゃんとした理由とはなんぞや?


「もう、こそこそ何話しているのよ。じゃあ、剣術の訓練を始めるわよ。それにしてもアヤカ様も物好きね。剣術を習いたいなんて。愛の力は偉大ね」と、マークスさんがため息をつきながら言った。


 愛の力? 何のこっちゃ?

 剣術の習得と愛の力の因果関係とは?

 哲学的すぎてわからん。


 あいかわらずマークスさんの言動は読めないな。


「はい、よろしくお願いします。それと私のことはアヤカとお呼び下さい。様はいりません」


 だってマークスさんは剣術の師匠だものね。


「あら、そう? じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうわね。本当はアヤカ用に特注した練習用の剣が今日の朝一番で届くはずだったんだけど、ちょっと遅れるらしいわ。それまで基礎体力がどれくらいあるのか見させてもらうわね」


 マークスさんのその一言で始まった体力テスト。


 結果は惨敗。


「ちょっと、お話にならないほど体力がないわね。そんなんじゃ騎士団に入団は出来ないわよ。とりあえず、ベンチに座ってなさい」


 騎士団に入団? もしかして私が騎士団に入団したいがため剣術を習いたいと思っているとか?


 まさかね。マークスさんも面白い冗談を言うよね。


 そして私は、ライフポイントゼロのためベンチで休憩中。


 体力テストの内容は良く小学校、中学校でやったことのある反復横飛びだった。

 確かあれって20秒に何回できるかを測定するものだけど、ここでは体力が尽きるまでやるようだ。


 私の比較対象として、ディランさんとライナスさんも参戦したが案の定と言うべきか私は5分も保たずダウン。


 ディランさんとライナスさんはまだやっている。もうかれこれ30分は経ったのではないだろうか。


 最初の頃からスピードが落ちていない。

 すごい体力だ。体力だけじゃなくて敏捷性まである。


 もはや比較対象のレベルが高すぎて比較にならないではないか。


 ベンチでグッタリしながら、楽しそうに反復横飛びをしているディランさんとライナスさんを眺めていると、誰かが部屋に入って来た。


 オル様と岩ちゃんだ。


 ベンチでグッタリしている私を見るとオル様が慌てて駆け寄ってきた。

「アヤカ! どうした?! どこを怪我したんだ?!」


「い、いえ、怪我はしてません。自分の体力の無さに落ち込んでいるところです」


「そうか、怪我がなくて良かった。アヤカはそんなにしてまで剣術が習いたいのかい?」


 私の横に座りながらそう言うオル様。

 ああ、宝石のような深い青色の瞳に吸い込まれそうだ。

 オル様の優しい言葉に思わず頬を緩める。


「はい。強くなりたいので」


 せめて勇者のマー君や魔導師団長のオル様の足を引っ張らない程度には自分で戦えるようにならなければ。


 そして、マリア様とエバ様との約束通りに悪しき者達との戦いが終わったらオル様に自分の気持ちを打ち明けよう。


 今は討伐のメンバーとして認めてもらえるように自分を鍛えることに集中しなきゃ。


「そうか。でも無理をしないように。あ、これが届いたから持ってきたよ」

 と言ってオル様は岩ちゃんが持っていた一本の剣を指差した。


「あら、やっときたのね。アヤカの練習用の剣」

 マークスさんが声をかけながらこちらに来た。


 いつの間にかディランさんとライナスさんの反復横飛びも終わっていた。


 私の練習用の剣は、刃はつぶしてあって切れないそうだ。

 そして重さは通常の剣の1.5倍。


 持つとずっしり重い。これをやすやすと素振り出来なければ本物の剣は握れないという。


 そんな話をしていると、今度はルーカスさんが部屋に入って来た。

「あーいたいた。オリゲール、お前の魔術の師匠から手紙が届いたぞ。飛蜥蜴が返事くれって騒いでるぞ」

 と言って手紙らしきものをオル様に渡した。


 その手紙を読んだオル様がとっても嬉しそうな笑顔で言った。

「師匠が1ヶ月半後にこの国に来るらしい。ルイレーン国から獣人族のジャイナス国で用事を済ませてからわが国に入国するようだ。アヤカ、僕の魔術の師匠は命の恩人なんだ。アヤカにも早く紹介したいよ」


 オル様はそう言うと魔術の師匠に返事を書くのと国王に転移のポートキー使用の許可をもらいにそうそうに訓練所を後にした。


 魔術の師匠かぁ。オル様、とっても嬉しそうな顔してたな。

 オル様にあんな笑顔をさせる師匠になんだか妬けてしまう。

 ちょっと複雑な気持ちでオル様の後ろ姿を見送る私にルーカスさんが口を開いた。


「オリゲールは幼少期に辛い目に合ってね、それを魔術の師匠に救われたんだ。だから師匠との絆は誰よりも堅いんだよ」


 何でも、オル様には心眼という能力があったため周りの人の心や魔力の質によって身体に不調をきたしていたらしい。


 いろんな医師が診察したが当時は原因はつかめず、王族として失格の烙印を押されたようだ。


 それでもご両親は彼を救いたいと手を尽くし、医師ではなく魔術の師匠にたどり着いたという。


「オリゲールが7歳の時に確か22歳だったから今は36歳だな。結婚したって話は聞かないからまだ独身かな。オリゲールが魔導師団に入団したのを期に師匠は旅に出たから5年ぶりの再会ってところだな」


 そうなんだ。オル様はその師匠に出会えて本当に良かった。

 しみじみした気分に浸かっていたのもつかの間、マークスさんが声を張り上げた。


「さあ、アヤカの練習用の剣も届いたことだし、練習再開よ」


 そして地獄の特訓が始まった。


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