第28話 ライの特訓と私の気持ち

 今日からライもオリゲール先生の魔法の訓練を受けることになった。

 これも自分磨きの一環なのだ。


 私にはビンセントさんとターニャさんが付き添い、ライにはリースマン伯爵家から同行した14歳のオリバー少年が付き添っている。


 このオリバー少年はライの従者をしている、明るい茶髪に淡い水色の瞳の人懐こい少年だ。


 モブ感漂うこの少年を私は一目で気にいった。

 だってモブだよ、モブ。

 何だか親近感。

 ホッとする。


 誤解のないように言っておくけど、オリバー少年は十分美少年です。


 ただ、ライといるとどうしてもね……


 はっ、って言うことは私もか?

 何て事だ!最近、ライと一緒にいることが多い私は知らず知らずのうちに引き立て役になっていたなんて。


 周りを見るとすれ違う女官さんや文官さん達がこちらをチラチラと見ては心なしか頬を赤らめている。


 私はそっとライと距離を取った。


「なんで離れるの?アヤカ」


 この鈍感少年め。


「ライに向けられる視線から逃げてるんです」と私が言うと、


「え? 何言ってるの? あれはアヤカを見てるんだよ。まさか自覚無いの?」


 その言葉そっくりそのままお返しします。


 すると、笑いながらターニャさんが言った。


「皆さんはお二人を見ているんですよ」


 二人を?


「今、王宮中で噂になっているんです。小さな女神と小さな太陽神が寄り添う姿はなんとも愛らしいと」


 え? 太陽神ってライのこと? 天使じゃないの?


「あ、その噂なら王都のリースマン邸にも届いてます。それでナターシャ様がふさぎ込まれて、旦那様が気晴らしに郊外のお祖母様の所に行かれてはどうかと提案されていました」とオリバー少年が爆弾発言をした。


 何ですと?!


 ナターシャ様が落ち込んでいるって事? それってナターシャ様もライのことを意識してるって事だよね?


 ライの顔を見るとなんとも締まりのない顔をしていた。


 弟のようなライの幸せを心の中では願っているはずなのになぜか私の右手はライのほっぺをつねっていた。


 意外と私は心が狭いみたいだ。


「痛い! 何するんだよ」


「夢じゃないかを調べてみたの」


「自分の頬で調べろよ」


「自分の頬じゃ痛いもの」


 そんなやり取りをビンセントさんもターニャさんも微笑ましそうに見ていた。

 オリバー少年は「噂はやっぱり本当みたいだ」と小さな声でつぶやいていた。

 いいえ、それは根も葉もない噂ですよ。

 あとで思いっきり否定してあげよう。


 そうこうしているうちにオリゲール先生の執務室に着いた。

 岩ちゃんがお出迎えだ。


「岩ちゃん、今日もよろしくお願いね」と言うと、ニッと笑った。


 岩ちゃんのキュートな笑顔に癒されていると、執務室の奥からオリゲール先生が出てきた。


 窓から入る日の光を背にして立つオリゲール先生はまるで神様のようです。

 『太陽神』とはオリゲール先生の事じゃない?


 ライ、今すぐ『太陽神』の名をオリゲール先生に返上なさい。


「アヤカ、今日は迎えに行けなくて悪かったね。さあ、中に入って」

 とオリゲール先生が中に招き入れてくれた。


 そうそう、ライの事を紹介しなくては。


「オリゲール先生、こちらライモン・リースマン様そしてその従者のオリバー様です」


 そう紹介するとオリゲール先生は初めてライに目を向けた。


「そう、君がライモン君か。僕はオリゲール・キリア・モリフィスだ。あとでみっちり魔法の特訓をしてやる」


 何だろう?笑顔が怖いのは気のせいかな。


 私の部屋でお茶をした後、みんなで訓練館へ移動した。


 その時にライが私に小声で言った。


「アヤカ、世の中には小さい女の子にしか興味のない変態がいるんだ。気をつけろよ」


 一体何の話だ?


 訓練館に着くと、いつも私が使っている屋外のグラウンドではなく防音、防御結界が施されている小さな体育館のような部屋に通された。


 今日は私は見学です。ビンセントさん、ターニャさん、オリバー少年とともに部屋の片隅に陣取った。


「さあ、始めよう。ライモン殿がどれくらい攻撃魔法が出来るかまず見よう。君の属性は火と風だったな。僕に向けて攻撃魔法をしかけてくれ」


 そう言うと、オリゲール先生はライと距離を取った。


 ライは右手に火の玉を作るとそれをオリゲール先生に向けて投げつけた。

 オリゲール先生が片手をひらりとさせたかと思うと飛んできた火の玉が消滅した。


「まずまずだな。今度は火属性と風属性を併用してみるんだ。火の玉を風で押し出すイメージを作るんだ。イメージが難しければ詠唱を使え」


 ライは頷くと右手に火の玉を作ると「風よ力を添えよ!」と言ってなげつけた。


 すると先ほどよりも格段速い速度で飛んで行った。

 オリゲール先生はそれをいとも簡単に水の盾で防いだ。


 しばらくライとオリゲール先生の攻撃と防御の応酬が続く。


 ライもオリゲール先生もすごい!

 ライは慣れてくると詠唱もなく火と風の魔法を使いこなした。


 火の玉も1つではなく同時に3つ作り素早く操る事が出来るまでになった。


「良し、次は防御魔法の習得だ。僕の攻撃を防ぐんだ」


 そう言うと、オリゲール先生は氷矢を魔法で出しライに向けて放った。


 とっさにライは風魔法で防ぐ。だが、威力が弱く防ぎ切れなかった氷矢が左腕を掠った。


 あ!と思った時に、ライがオリゲール先生に向かって叫んだ。


「大丈夫です!続けて下さい」


 オリゲール先生は一瞬動きを止めたが、ライの言葉を聞くと頷いた。


「ただの風では威力が弱いんだ。攻撃の時の応用だ、今度は風魔法でまわりの空気を集めてそこに火の玉を作るんだ。飛ばすのではなくその場に火の塊をとどまらせるんだ。」


 ライは頷くと飛んできた氷矢に向けて手をかざし「火の玉よ、我が意思のままに動け」と詠唱し、防御魔法を発動した。


 すると氷矢は火の塊に当たりジュッと音を立てて消滅した。


「良し、なかなか才能がある」とオリゲール先生。


 わーすごい! 私はよく見ようと知らず知らずのうちに近づいてしまっていた。


 何度かの応酬後、今まで上手に火の玉を操っていたライの集中力が切れたのか、あろうことか、火の玉が近くにいた私目掛けて飛んできた。


 とっさの事で体が動かない。

 もうダメだ!と思っていたら突然、オリゲール先生の背中が目に入った。


 それと同時に氷の壁で火の塊を防いでくれた。


 た、助かったと、ホッとしたのも束の間、「アヤカ!大丈夫か!」とオリゲール先生に抱き締められ心臓が跳ね上がった。


「アヤカ様!」と言ってビンセントさんとターニャさんも駆け寄って来た。


 必死の表情のオリゲール先生はとてもカッコ良く、私はドキドキとする心音がオリゲール先生に聞こえるのではないかと気が気じゃなかった。


 な、なんでこんなにドキドキするんだろう? 

 心なしか、顔も熱い。


「だ、大丈夫です。オリゲール先生、ありがとうございました」


「アヤカ!ごめん!僕のせいだ」とライが駆け寄ってきた。


「違うよ。私が良く見ようと近づいたからだよ。ライのせいじゃないから。それにオリゲール先生が助けてくれたから大丈夫よ。」


 と言うと、ライは安心したように微笑んだ。


「ともかく、アヤカの部屋で少し休もう」とオリゲール先生は私を抱き抱えると歩き出した。


「あ、あの~私、歩けます。」

 と、言うとオリゲール先生は素敵な笑顔で「だからなに?」と言った。


 これは逆らってはいけないパターンですね。

 その間も相変わらずドキドキは止まらず、自分の心臓なのに別の生き物みたいだ。


 部屋に着くと、岩ちゃんがワゴンを押して現れた。


 ローテーブルの前のカウチソファに私とオリゲール先生が並んで座り、向かいの1人掛けのソファにライが座った。


 オリゲール先生は私と目が合うとにっこりと笑った。

 私の心臓を止める気ですか? キュン死にしちゃいます。


 ビンセントさんとターニャさんは帰りはオリゲール先生が私を送って行くからと帰ってもらい、オリバー少年は岩ちゃんと控え室で休憩してもらっている。。


 ひとしきり落ち着くと、私はライに言った。


「そう言えばライ、腕を見せて」


 先ほど掠った氷矢でライは左腕を傷つけていた。

 左腕の破れた袖から見える傷口が痛々しい。


 訓練のときは痛みを忘れていたらしいが、私が触ったら痛がった。


 オリゲール先生が魔導師団の治癒部隊に連絡しようしたので私が治癒魔法を使って良いか聞いてみた。


 オリゲール先生とライから承諾を得たので私は右手をかざし傷が治るように、痛みがとれるように念じた。


 右手から出た光はライの腕を包み、やがて全身を包み込んだ。

 光が収まった後、ライの腕を見たら完全に傷が治っていてホッとした。


「すごい! これが治癒魔法? 初めて見た」とライが目を丸くして言った。


「アヤカはやっぱり魔法の才能があるね」と言ってオリゲール先生は私の頭を撫でた。


 その様子を見て、ライは遠い目をしながら「あとでまたアヤカに注意をしとかなきゃ」とつぶやいていた。


 その後、この時使った治癒魔法でライの幼少期に受けた虐待の傷跡も綺麗に治っていたことが発覚してオリバー少年にとても感謝された。

 本人よりも気にしていたんだね。


 そしてこの日、私はオリゲール先生に恋をしたのを自覚したのだった。

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