第26話 天使の顔した悪魔

 結局、その後ルイレーン国の王子と神官長一行がこちらに向かう事になった経緯から従兄妹偽称と年齢査証の件はあの場にいた5人のトップシークレット事項となった。


 私がまだ子供で長旅は無理、従兄の勇者と離すことは出来ないという理由でルイレーン国の招待を断っておきながら実は中身は18歳で、勇者と従兄妹関係でもないとはさすがに発表出来ないと言うことだ。


 ただ、私の身体が子供になったことに関して、聖霊様が関係あるのは間違いないと言うことでルイレーン国の神官長から何か情報がもらえるかもしれないということだった。


 なんと、ルイレーン国の神官長は聖霊様の愛し子らしい。

 なので神官長の協力が得られるのであれば、私の事情を相談しても差し支えないと言われた。


 ということで、私の日常は特に変化なし。


 ものすごい覚悟を決めて告白した割には拍子抜けだ。

 今日も朝からマークスねえさんがお迎えに来てくれた。

 だから、あなたはメアリー様の護衛でしょうが。


「良いのよ~お礼なんて。あたしが迎えに来たくてしてるんですもの」


 お礼? 誰が誰に?


「マークスさん、おはようございます。ダグラス君はもう雅樹兄様と騎士団の方へ行きましたよ」


「え~そうなの?もう来た意味がないわ~」


 本当の目的を白状しましたね。

 今日はディランさんとミリアさんと共にメアリー様のもとへ向かってます。


 もちろん、マークスさんも肩を落としながらトボトボついて来る。


 さて、今日はダンスのレッスン、いつもの勉強部屋ではなく、舞踏会場だ。


 今日のドレスはダンスの時に綺麗に裾が広がるようにとデザインされた淡いピンク色のシルクドレス。


 会場に入ると1人の少年がゆっくりとこちらに振り向いた。


 フワフワの金髪の癖毛にくりっとした大きな翠眼。

 天使だ、天使がいる!

 天使と私はしばしお互いを見つめ合ったまま固まっていた。


「あら、アヤカ様いらしたのね。」というメアリー様の声で呪縛が溶けたように我に返った。


「メアリー様、おはようございます。今日もよろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いしますね。こちら、この前お話したリースマン伯爵家のライモン様よ」


 メアリー様がそう言うと、先ほどの天使が、口を開いた。


「リースマン伯爵家が次男、ライモンと申します。よろしくお願いします」


 か、可愛い! 天使は声も可愛い。

 まだ声変わりをしていない男の子の声だ。

 私はけっしてショタではないが、これが萌えというものなのか。

 いかん、萌えてる場合じゃない。

 私もご挨拶しなくては。


「徳江彩香です。アヤカとお呼び下さい。このたびは私のダンスのレッスンのためにお付き合い頂きありがとうございます」


 そう言うと、ライモン様はにっこりとまさしく天使の微笑みを向けた。

 眩しいです。


 そしてダンスのレッスンが始まった。


 ライモン様の左手に私の右手を添えて、ライモン様の右手は私のウエストに私の左手はライモン様の右腕にそっと置く。


 ライモン様の身長はちょうど私の頭一つ分高い。


 ダンスの基本の体勢を取ると周りの侍女さん達から『ホ~ウ』とため息が聞こえた。


 そしてステップを踏む。


 ライモン様の足を踏むこと3回。


 3回目の時に『ちっ』と、舌打ちしたのを私は聞き逃さなかった。

 舌打ち、したよね? 今。


 天使が舌打ち?


 確かめるために私はわざとまた足を踏んでみた。


「ちっ、おい、今わざと踏んだな?」


 私の耳元で小さな声で囁くライモン様。

 まさかの天使の顔した悪魔?


 周りにはその様子が親密な行為にみえるらしく、メアリー様まで頬をピンク色に染めてため息をついていた。

 きっとライモン様のセリフは『大丈夫ですよ。気にしないで』と脳内変換されているに違いない。


 脅されているんですよ、皆さん! けっして愛を囁かれているわけではありません。


「ごめんなさい。ライモン様。痛かったですか?」と私は何食わぬ顔をして言った。


「今度、わざとやったら僕もやり返しますよ」


「どうやって?」


「こうやってです。」


 と言ってライモン様が私の足を踏もうとしたのでサッと足を引いた。


 そのとたん、バランスが崩れて私の上にライモン様がのしかかる体勢で2人とも倒れ込んだ。


「「わっ!」」


 床への衝撃を防ぐためとっさに空気のクッションをイメージして衝撃を和らげた。


 倒れる寸前でライモン様が私の後頭部を守るように手を添えてくれた。

 それがかえって距離を近づかせたのか、倒れた拍子に私の唇とライモン様の唇が重なった。


 ふぇ? キ、キス?

 あまりのことにお互いフリーズ……

 そしてハッと我に返るとライモン様は私の上から飛び退き、私は起き上がってミリアさんのところに駆け寄った。


「アヤカお嬢様!大丈夫ですか?!」とミリアさんが抱き止めてくれた。

 全然大丈夫じゃないです。


 18年間生きてきて初めてのキスがショタ子とだなんて!

 軽く泣ける。


「ミリアさん~初めてなのに~」と言いながらビービー泣き出す私に周りもオロオロしていた。


 ファーストキスなのに!

 デートもしたこと無いのに!

 しかもこんな公衆の面前で!


 メアリー様が近づいてきて私に声をかける。


「アヤカ様、どこをぶつけたんですか? 痛いところはどこ?」


 ぶつけたのは唇です。痛いのは心ですよメアリー様。


「メアリー様、アヤカお嬢様はお怪我などはしていないかと思います。ただその、ライモン様とのキスにショックを受けているようです。」


 さすがミリアさん、恋活部の同士、わかっていらっしゃる。


「まぁ、それで泣いているのね。なんて可愛いのかしら。ふふふ、ライモン様、こうなったら責任を取らなくてはいけませんね」


 なぜか楽しそうにメアリー様が言った。

 責任をとる? どうやって?


「何だ、そんな事で泣いてるんだ。わかりました。責任取って結婚します。まずは婚約ですね。」とライモン様が言った。


 なに~そんなことだと?!それに結婚?!

 あまりのことにビックリして涙も引っ込んだ。

 乙女の純情を舐めるなよ!

 私はブンブン首を振って断固拒否。


「責任を取って結婚するなんていやです。愛のない結婚なんていやです!」


 それに18歳と9歳の結婚は犯罪です。

 そう叫んだ私を驚いた顔をしてライモン様は見た。


「へぇ、僕の申し出を断ったのは君が初めてだよ」と不適に笑った。


 やっぱり、悪魔だ。

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