第17話 僕とアヤカと妹  レイモンド視点

 僕は昔から女性が苦手だ。


 6歳になった頃から王妃主催のお茶会に2歳上のアラン兄上と出席するようになった。

 最初の頃は可愛らしい笑顔の令嬢達にちやほやされて僕も悪い気はしなかったが、口を開けば兄上や僕に対する賞賛ばかりでそのうち中身のない会話に飽き飽きしていた。

 僕の王子という身分にしか興味がないような媚びた態度にもウンザリだ。

 僕は自然と女性から距離を置くようになった。


 僕が8歳になった頃、妹が生まれた。父譲りの黒髪に母譲りの緑の瞳の可愛い子だった。


 女性が苦手な僕も妹だけは特別だった。

 可愛くて愛しくて、守るべき存在。そんな妹が二年前、6歳の時に病に倒れて亡くなってしまった。


 家族みんな、いや国中の民が悲しんだ。

 取り分け母上はこの二年間、心から笑顔を見せることはなかった。


 そう、アヤカと出会うまでは・・・


 アヤカが勇者と共に召喚されたことは早い時点で聞いていたがその時は特に興味もなかった。


 しかし、謁見の間で初めてアヤカを見たときは衝撃が走った。


 亡くなった妹と同じ黒髪、黒曜石のような綺麗な黒い瞳、そして何よりもその容姿は女神様を彷彿させる一方で妹の姿とオーバーラップして目が離せなかった。


 謁見で見せたアヤカの不思議な力・・・

 驚きの連続だった。


 母上の中に新たな生命が育っていること。

 その小さな生命からのメッセージを受け取ったこと。


 特に父上へのメッセージは亡き妹の誕生時を知らなければ到底出来ない事だった。


 妹の誕生時に魔族国王と飲み明かし泥酔した父上は魔族の国から帰国出来ず、間に合わなかったのだ。


 それを皮肉るようなメッセージに母上も僕達も自然と笑いが漏れた。


 その瞬間、愛しいという感情が僕の身体を駆け巡った。

 この少女を守りたい。幸せにしたい。そう強く思ったんだ。


 ある日の午後、アヤカ付きの侍女、ターニャから連絡が入った。

 この侍女はアヤカの侍女を増やすことになった時に僕がそれとなく潜り込ませた者だ。


 本来なら自分でアヤカのそばに付いていたいところだが学園を卒業してから、本格的に公務に携わることになり、それもままならない。


 そこで信頼出来る侍女をアヤカに付けたのだ。

 彼女にはアヤカに関する事を逐一報告してもらっている。

 ターニャの報告によると、どうやらアヤカは騎士団の訓練場に行くらしい。

 今日は確か騎士団と近衛師団との合同訓練で一般公開の日だったはず・・・


 嫌な予感がする。


 僕は目の前の書類を猛ダッシュで片付けると、側近のタリナスを従えて訓練場へと向かった。

 訓練場の観覧席の入り口に着くと予感が的中したかのように甲高い女性の悲鳴が響き渡った。


「何をしているんだ?!」と、声をかけながら人だかりになっている所まで走った。


 そこには頭から水を被ったアヤカが呆然と立っていた。


「アヤカ!びしょ濡れじゃないか、何があった?!」


 びしょ濡れのアヤカと対峙するように立っていたのは気の強いことで有名な公爵家の令嬢だった。


 その様子に瞬時に状況が察せられた。


「ランディル公爵家のメリンダ嬢だね。君、アヤカに攻撃魔法を使ったのか?」


 あまりの怒りに声が震えた。


「わ、わたくしは何も悪くありませんわ!この子が自分の身分をわきまえずに生意気なことを言ったので躾をしただけです。勇者様のおまけの分際で公爵令嬢のわたくしの言うことを聞かないからよ!」


「君、それ本気で言ってるの?何故アヤカが格下の君の言うことを聞かないといけないのさ。それに、生死に関わる緊急事態以外に王宮内で攻撃魔法を使用することは禁止されている。しかもこんな小さな女の子に何て事するんだ!」


 自分勝手な言い分に殴りかかりそうになるのを必死に止めて僕は声を荒げて言った。


 そうだ、こんなやつに構ってる暇はない、アヤカを早く乾かしてあげなくては。


 そう思ってアヤカを見ると、なんと全身光に包まれていた。


 どうやら、自分で魔法を使ったようだ。


 黄金の光の中サラサラの黒髪がふんわりと宙を舞うそのようすはさながら女神が降臨したかのようだ。


 その隣で同じく光に包まれているナリス。


 アヤカが濡れたナリスを気にかけて一緒に乾かしているのだろう。

 なんてやつだ羨ましすぎる。


 周りからため息と共に『やっぱり女神様だわ・・・』という声がチラホラと聞こえてきた。


 アヤカの信奉者が増えた瞬間だった。


「レイモンド様、私はこの通り大丈夫です」


「アヤカ、怖かっただろう?こっちにおいで」

 僕はアヤカの腕をとると胸に引き寄せた。


 周りのご令嬢達からはキャーという黄色い声が上がったがそんな事は気にしない。


 すると腕の中から「レイモンド様、あの~」と可愛い声がした。

 真っ赤な顔をして上目遣いに僕を見るアヤカがあまりにも可愛いくてさらにきつく抱きしめた。


 アヤカを腕に抱きながら、メリンダ嬢に最後通告をした。


「メリンダ嬢、この度の君の所行は目に余る。国王に報告さてもらうよ。追って沙汰を待つように」


 それが合図となり、僕の護衛の近衛騎士達がメリンダ嬢を追い立てるように出口へと向かわせた。


 さて、こんな危険な所からアヤカを連れ出さなくては。


 側近のタリナスが苦笑しているのを尻目に僕はアヤカを連れて王宮の庭園へと向かったのだった。

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