第9話 守ってあげたい オリゲール視点
今日はいよいよあの女の子に会える。
僕は朝からソワソワと落ち着かなかったので仕事を部下に押し付けて授業のために用意された部屋に急いだ。
ほどなくすると淡い水色のワンピース姿の女の子が入ってきた。
「す、すいません、お待たせいたしました。徳江彩香です。よろしくお願いいたします」と頭を下げた。
黒髪に大きな黒曜石のような瞳、きめの細かい白い肌に筋の通った小さな鼻、艶のあるピンク色の唇からこぼれる声は耳に心地よい音色だ。
サラサラの長い髪が頭を下げたときに頬にこぼれた。その一連の動作がまるでスローモーションのように僕の目に焼き付いた。なんて綺麗な・・・
小さな女神様がそこにいた。
この国の守り神、マリアベート・ティナ様にそっくりな少女。
「いえ、こちらこそあなたに早くお会いしたくて早々に仕事をおしつけあ、いえ、仕事を片付けて来たのでお気になさらずに」
と言って片膝をつくと彼女の右手の甲にそっとキスをした。
手から伝わる彼女の魔力は僕を魅了してやまない。
柔らかく、優しく、心地良い。
触れあっている手から僕の魔力と混ざり合ってキラキラと妖精がダンスをしているように光っている。
こんなに綺麗な魔力の持ち主に会うのは初めてだ。
「私は魔導師団長のオリゲール・キリア・モリフィスです。アヤカ様」
「キリア? 王族の方ですか?」
「おや、キリアの意味を知っているんですね。僕は王弟の息子です。両親はモリフィス公爵を拝命して外交官として勤めています。僕は16歳の時に王宮魔導師団に入団して5年経った今、団長となりました」
「あの、魔導師団長様、私のことはどうぞ彩香とお呼び下さい。様はいりません。それに敬語も・・・」
この少女は魔力だけではなく、魂のオーラまでも輝いている。
『心眼』の力が無意識に発動しているようだ。
この少女を守りたいという衝動が体中駆け回る。
「では、僕のこともオリゲールとお呼び下さい」
「で、ではオリゲール先生とお呼びしますね。お忙しいところ私のためにお時間を取っていただきありがとうございます」
「先生ですか…何だか気恥ずかしいね。それでは僕もアヤカと呼ばせてもらうよ」
「はい。」とアヤカは可愛い声で返事をした。
先ほどからアヤカの事をじっと見つめている男が気になる。
あれはアヤカの護衛か。
なんとなく面白くない。
「ミリアーナと護衛の君は席を外して構わないよ」
「いえ、私はアヤカ様の護衛なので何かあったときのためにお側に控えております」
「魔導師団長の僕がいるのに何があるって言うの?君、面白いことを言うね」
少し怒気を含んでそう言うと、侍女のミリアーナが彼を引っ張って部屋から連れ出した。
さすが、宰相が選んだ侍女だ。仕事が出来る。
「さあ、授業を始めよう」
何故か彼女を守るのは自分の役目だと思った。
突然知らない世界にきて、さぞかし不安な思いをしているに違いない。
君がこの国で幸せになれるように全力で力になるよ。
そんな想いを込めて僕は微笑んだ。
アヤカとの授業は順調に進んだ。
僕の話に驚いたり納得したりコロコロと表情を変え反応するアヤカはとても可愛い。
途中、アヤカからそれぞれの国で言葉は共通なのかを聞かれた。
「そうだね。今現在は言葉や文字は共通だ。昔はエルフ族とドワーフ族は閉鎖的で独自の言葉や文化があったが、出生率の低下から他種族との婚姻を推奨し、今に至ってるかな」
と、答えると子供らしからぬ返事が返って来た。
「そうなんですね。出生率の低下は国力低下に繋がりますものね」
これは驚いた。まさか10歳にも満たない子供の口から『国力低下』などという言葉が出るとは。
そういうアヤカの表情がとても大人びていて目が離せない。
思わず、じっと見ていたらアヤカが首を傾げて僕を見上げていた。
はっとして誤魔化すように微笑んだ。
アヤカとの至福の一時が終わり、マサキとアヤカが国王一家と謁見する時間となった。
一応僕も王族なので、盛装をして玉座の近くに立つ。
謁見の間の両壁にはこの国の上位の貴族達が20人ほど参列し、護衛の王宮騎士達がドア付近に配置されていた。
その中を緊張した面持ちでマサキにエスコートされてアヤカが入場してきた。
その姿を見た途端、周りの貴族達がザワザワと騒ぎ出した。
勇者の情報は流していたが勇者と一緒に召喚された少女の詳細は秘されていたからだ。
やはり、女神様に似ていると騒いでいるようだ。
そのうちに国王一家が玉座に着席した。
あんな好奇心に満ちた視線に触れさせたくない。
そんな悶々とした感情を持て余しながら
アヤカを見つめていたらふっと目があった。
アヤカは僕を見るとにっこりと花が咲くように笑った。
もちろん、僕も笑顔を返すのを忘れない。
そんな僕を見て隣にいた宰相のサムネル様が驚いた顔をした。
失礼な、僕だって好きで無表情の仮面を付けていたわけではない。
むやみに愛想良くしていたら獲物を狙う令嬢と言う名の生き物を無用に引き寄せてしまうのだ。
それを学習してから僕は女性に対し、無表情を貫いている。
国王一家との謁見でアヤカは驚くべき能力を発揮した。
王妃の懐妊を言い当てたかと思うと、なんとお腹の赤ちゃんの言葉まで受け取り国王一家の心を掴んでいた。
国王は最初はアヤカの言葉を疑っていたようだが、身内しか知らない亡き王女の誕生したときのエピソードが窺えるような内容に納得したようだった。
王妃はアヤカと2年まえに亡くなった王女とを重ねてみていたようだ。
今日が8歳の誕生日と聞いたらなおさらだろう。
6歳で亡くなった王女は黒髪で、今日が8歳の誕生日だからだ。
そうだ、アヤカの誕生日と知ったからにはお祝いの準備をしなくては。
さてプレゼントはどうするか?
そんな事を考えていると、サムネル殿から話しかけられた。
「オリゲール殿、国王様からマサキ殿とアヤカ嬢を今日の晩餐に招待するようにと仰せつかりました」
「え? 今日はアヤカの誕生日ですよ?」
「だからですよ。今まで、マサキ殿がお一人で準備していたようなんですが、本来なら、家族全員からお祝いされる8歳の誕生日、国王も王妃もそれに王子達もアヤカ嬢をお祝いしたいとおっしゃいまして」
「なるほど、それも一理あますね」
「我がエリモルト家も出席させていただきます。オリゲール殿も盛装のうえご出席下さい」
「わかりました。ではのちほど」
晩餐の席はアヤカの隣だった。
ちょうどレイモンド王子とアヤカを挟む形となった。
国王の乾杯の音頭で晩餐会が始まった。
アヤカのフォークを持つ手をやんわりと押しとどめて僕は言った。
「アヤカ、この国では女の子は生まれても小さい時に亡くなってしまうことが多いんだ。だから女の子の8歳の誕生日は盛大にお祝いするんだよ。そして誕生日の食事は男の家族に食べさせてもらうんだ」
すぐに意味がわからない様子のアヤカが、キョトンと首を傾げた。
うん、安定の可愛さだ。
するとレイモンドが、アヤカに向って声をかけた。
「食べさせるのにはちゃんと意味があるんだよ。ここまで育って良かった、これからもすくすく育つようにって願いを込めてるんだよ」
さすが、レイモンド説得力のある説明だ。
もちろんこの国にそんな風習などない。
女の子が育ちにくいことと8歳の盛大なお祝いは本当だが。
突然自分の両親と引き離されたアヤカを思う存分甘やかしてあげたい。
そんな事を考えながら僕はアヤカに微笑んだ。
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