第4話 巻き込まれた女の子 雅樹視点

 宰相の執務室を退出後、俺は自分の部屋に案内された。

 女の子の隣の部屋だ。


 彼女の様子を見に行くと、侍女のミリアーナがドアを開けてくれた。

「勇者様、お嬢様はまだお目覚めになってません」と言ってベッドのそばまで案内してくれた。


 可愛い寝顔だな。

 額にかかる前髪をそっとかき分けてみるとくすぐったかのか長い睫毛がふるふると揺れた。

 早く目覚めてほしいけど、この状況に泣き叫ぶだろうか?

 そのとき俺はちゃんと対処出来るだろうか?


 そっと頬を一撫でしてから俺は彼女の部屋をあとにした。


 女の子が目覚めたと連絡が入ったのはそれから二日後だった。


 俺は騎士団の練習場で剣の指導を受けていた。

 受験生のため筋力が落ちていたがその前まではバスケの練習に明け暮れていたのでなんとか指導についていけるようになった。


 肩と胸当てが一体になっているライトアーマーと腕の防具をとるのもそこそこに女の子の部屋まで走った。


 後ろから今まで剣の相手をしてくれていたダグラスもついて来る。

 彼は俺の護衛と従者も兼ねてくれている大きなくりっとした目が可愛い水色の髪の15歳の少年だ。


 ドアのノックはしたが返事を待たずに部屋に飛び込んだ。

「目が覚めたって!?」


 ベッドの上に上半身を起こしている姿が目に留まった。

 女の子は俺を見るとにっこりと笑いかけた。


 こ、これは想像以上に可愛い・・・


 長い睫毛に縁取られた大きな黒い眼で見つめられて一瞬思考が停止したが、ハッと気がついて、ミリアーナとダグラスにしばらく2人にしてほしいとお願いした。


 さてここから正念場だ。

 俺は女の子が怖がらないように優しく話しかけた。



「大丈夫かい?君は丸二日起きなかったんだよ。具合はどう?どこか痛いところとかある? お腹も空いてるだろ?何か持ってきてもらう?」


 俺の問いかけに女の子は首を横に振った。


「わかった。じゃあ、まず俺の自己紹介からね。俺の名前は徳江雅樹18歳。これから重要な話をするから落ち着いて聞いてくれ」


 俺が真剣な顔をしたからか、女の子は真っ直ぐ俺を見て頷いた。


「まず、ここは日本じゃない。今まで俺たちがいた世界とは異なる世界、所謂異世界だ」


「ほぇ?」


 可愛い声に苦笑してしまう。

 そうだよな~その反応が普通だよな。


「異世界?」


「そうだ。初めは俺も信じられなかったが、俺達の世界にはないものがあって、当たり前のものが無いことから信じざるおえない。」


 小首を傾げて考え込んでいる姿が何ともいえなく可愛らしいが『新手の霊感商法?

 この後、手のひらサイズの水晶でも売りつける気か?』などど聞き捨てならない言葉が聞こえてきて慌てて訂正する。


「いやいや、霊感商法でもないし、水晶も売りつけないから。」


「話を続けるよ。俺達の世界とあきらかに違うのはこの世界には魔法がある。そして俺はその召喚魔法で勇者として召喚されたらしい。悪鬼と戦うために。」


「魔法? 勇者? 悪鬼?」


「で、君は勇者召喚の際に巻き込まれてしまったようだ」


「俺の召喚の巻き添えなんてごめんな」

 そう言って俺は頭を下げた。


「頭を上げて下さい。雅樹さんが悪いわけじゃないですから。私はお家に帰れますか?」


 だよな、やっぱり帰りたいよな。


 俺も召喚された日にオリゲールさんに確認した。


「ごめん、俺もここにきて一番始めに確認したことだけど、方法は無いことはないが、確実に帰れる保証は無いらしい。というか今までこの世界に召喚されて帰りたいって言った人はいないって話だよ。」



「え、それはなんでですか?」


「う~ん、これは多分だけど、魔法が使えるって俺達の世界からいったら夢だもんな。特に異世界人はこの世界の人より魔力が多くて質が良いらしい。今までの異世界人は全属性の魔術が使えたらしいよ」


 そう答えると女の子は


「お家に帰りたい」と言って泣き出した。


 どうして良いかわからなくてベッドの女の子の横に座り込みながら思いっきり抱きしめた。


「ごめん、俺がちゃんと君を守から。それで君が寝ている間に確固たる立場を固めるために君は俺の従妹って説明したんだ。妹でも良かったんだけど、あまりにも妹のことを知らなすぎるのも不味いと思って」


「従妹?」

 と言って女の子は潤んだ瞳で上目遣いに俺の顔を見た。


 不意打ちの攻撃にとっさに女の子の頭を自分の胸にかき抱いた。

 これは危ない、他の男にこんな顔を見せてはいかんと後で注意せねば・・・



「俺にも君と同じ位の従妹がいるんだ。名前は徳江彩香、7歳だ。あれ、七五三の着物だろ?」

 そう言いながら壁の振り袖を指差した。



「君の名前と歳を教えてほしい。」

 俺は抱きしめていた腕をほどいて女の子の目を見つめながら言った。


「名前は氷室絢音、歳は7歳・・・で、でももうすぐお誕生日だから8歳です・・・」


「え、誕生日?いつ?」


「明日・・・11月22日です。」


「じゃあ。明日は二人でお祝いしよう!」


 あきらかに気落ちした様子の絢音ちゃんが可哀想になりことさら明るい声で

 そう言うと絢音ちゃんはにっこりと笑った。


 お、やっぱり笑った顔が一番可愛いな。


「絢音ちゃん、申し訳ないけど召喚されたときに君の名前を徳江彩香と名乗ってしまったんだ。本当の名前はここでは隠してほしい。幸い絢音と彩香って似てる名前だから、俺はアヤって呼ぶことにする。実は本物の従姉妹のこともそう呼んでるんだ」


「わかりました。私はなんて呼べば良いですか?彩香ちゃんと同じように呼んだ方が良いですよね?」


「うーん・・・そうだな~従姉妹のアヤからはマー君って呼ばれているけど、呼びやすいので良いよ。あと、俺に対して敬語は禁止だよ。いとこ同士なんだから」


「マー君・・・」

 アヤは小さな声でそうつぶやくと、


 柔らかい笑顔で

「私もマー君って呼びます」

 と言った。


 あまりにも可愛い様子に俺はアヤの頭を撫でた。


「じゃあ、これからよろしくアヤ」


「はい!よろしくお願いします」


「あ、ほら、敬語禁止だよ」


「う、うん。マー君よろしく!」


 元気よく返事をしたと同時にアヤのお腹が派手な音を立てて自己主張した。


「あはは、大きな虫が鳴いてるね。ちょうどお昼だ。ミリアーナに消化のよい食事を持ってきてもらおう。食べたらまた少し寝ると良いよ」


「うん。マー君ありがとう」


 真っ赤な顔をしてうつむくアヤの頭を笑いながら撫で俺は部屋を後にした。

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