第3話 俺が勇者? 雅樹視点
「あー! くそ!」
高校から先日の模擬テストの結果がかえってきた。
全然目標値に及ばない。
こんなんじゃ第二志望も怪しい・・・
どうすればいいんだ?
寝る間も惜しんで机に向かい、必死に勉強しているのに結果が伴わない。
5歳上の兄貴の背中を追いかけるが追いつくどころか遠くなる。
親父の会社は兄貴がいるから安泰だな。
親父は俺なんて当てにしてないだろうな。
幼少の頃から俺に向けられていたあの冷たい眼差しを思い出し気持ちが沈む。
いっそのこと大学受験なんて放り出して旅にでも出るか。
自分が自分でいられる場所、俺を必要としてしてくれる誰かの所に・・・
そんな取り留めのないことを思っていると足元が急に光り出した。
それと同時に背中に衝撃が走った。
「な、なんだ!」
振り返ろうと思ったところで、足元に1メートル程の穴が開いて俺はその光の穴の中に落ちていった。
気がつくと床も壁も白い部屋の中、直径2メートルはあるかと思われる幾何学模様の円の中に横たわり、腕には小さな着物姿の女の子を抱いていた。
え?この子誰?
眼を閉じてぐったりしてるけど、い、いきてるよな?
慌てて体を起こし女の子を見る。
小さく呼吸するしているのを確認して思わず、笑みがこぼれた。
そのとたん、どこからともなく歓声が上がり俺は数人の男達に囲まれているのに気がついた。
「成功だ!」
「勇者様だ!」
「まて、2人いるぞ!なぜだ!」
「子供のようだが・・・」
「勇者様と聖女様が召喚されたのか?」
勇者様?聖女様?召喚?いったいなんのことだ?
状況がいまいち飲み込めない。
だいたい男達の出で立ちは異質だ。
魔法使いみたいな黒のローブ姿をした男が5人、聖職者のような白い法服姿の男が3人しかも全員髪の毛の色が笑えるほどカラフルだった。
ハロウィンの仮装か?
いや時期がちがうか。今は11月だし・・・
ボーゼンとしていると、その中で代表者と思われる黒いローブ姿のひとりの男が近づいてきた。
あれ?もしかして女性か?
スラリと背が高く、金髪の長い髪をうしろで束ねている。
切れ長の瞳は青く驚くほど整った美貌をしていた。歳は20代前半といったところか。
「皆さんお静かに。勇者様が驚かれているではないですか」
あ、男だ。声が低い。
「勇者様、この度は突然の召喚、さぞ驚かれたことと思います」
勇者召喚?って言うかこの外人さんたち日本語が通じている。
こんな状況だ言葉が通じることはありがたい。
「私は魔導師団長をしております、オリゲール・キリア・モリフィスと申します。あなた様はこの世界を救うべく、勇者として召喚させていただきました。勇者様に置かれましては理不尽な事かもしれませんが、私たちは誠心誠意仕えさせて頂きますので、どうか私たちにお力をおかしください。」
と言って片膝をつき頭を下げた。
それに習って他の人達も一斉に同じ体勢になった。
えっと、どう言うことかちょっと頭を整理してみよう。
まず、ここは俺のいた世界とは違う。異世界ってやつで、俺はこの世界を救うべく召喚されたってことか?
ラノベでよくある異世界・・・
紺色、緑、青、あ、ピンクもいる。
確かにこの人達のカラフルな髪色をみるかぎり異世界と言われてもうなずける。
そこでハッとして俺の腕の中で気絶している小さな女の子を見た。
じゃあ、この子は俺の召喚に巻き込まれたのか?
ま、まずい、きっとこの子の親は心配してるはずだ。
長い睫毛に透き通るような白い肌、子供らしいふっくらとした頬は健康的なピンク色をしている。
綺麗な鼻筋に小鼻はキュッと小さく、目を閉じていても可愛らしい容姿をしている事がわかる。
こんな異世界にきてさぞかし心細いに違いない。
俺はもともと自分の世界から逃げ出したいと思っていたが、この子は違う。
俺が守ってやらなきゃ。
俺が自分の思考に沈んでいると、先ほどの金髪のオリゲールさんから声がかけられた。
「勇者様、まずお名前と年齢を教えていただけますか?あなた様の腕に大事そうに抱えられている女の子についてもお聞かせください」
「俺の名前は徳江雅樹。18歳」
この子は、なんと説明するか?俺の身内と言うことにしたほうがこの子に取ってベストではないだろうか。
じゃあ、妹?
いやいやさすがに妹の事を知らなすぎるのもまずい、ここは従姉妹にしておくか、ちょうどこの子位の従姉妹がいるし。
この着物って七五三の格好だよな?
俺はそう結論づけた。
「この子は俺の従姉妹で徳江彩香といいます。7歳です。彩香を早く休ませてあげたいのですが・・・」
「はっ、これは気がつきませんで、申し訳ございません。只今、ご案内します」
いつの間にか部屋に入ってきた6人ほどの騎士?に先導されて部屋に案内された。
その際、女の子を自分が運びますと何人かの騎士が申し出たが断った。
なんとなく誰にもこの子に触れて欲しくなかったからだ。
俺達のいたのは王宮の神殿だった。
神殿を出て王宮の貴賓室がある住居宮に向かった。
ぞろぞろ集団で歩く俺達にろうかですれ違う王宮に仕える人達は頭を下げて道を開けた。
豪華な広い部屋のベッドに女の子を寝かせ、世話をしてくれるという緑の髪の侍女にこの子が目を覚ましたら真っ先に俺に知らせて欲しいと頼んだ。
「この状況を出来るだけショックを受けないように話をしたいから、くれぐれも目が覚めても君は何もよけいなことは言わないで欲しい」
「かしこまりました勇者様。お嬢様のお世話はお任せ下さい。私はミリアーナ・アラートと申します。よろしくお願いいたします」
キリッと侍女服を着こなした優しそうな女性に安心した。
オリゲールさんの話によると、異世界人が会渡りをする際、女神からのギフトと呼ばれる力を受け取るらしい。
ギフトには言語能力、全属性魔力があり人によってはその他に女神の加護を受け取ることができるという。
今の女の子の状態は大き過ぎるギフトに身体が順応出来ず、眠っているらしい。
ギフトに順応したら自然と目覚めるだろうと言われてホッとした。
これからこの国の宰相に引き合わせると言うのでオリゲールさんとともに宰相の執務室に向かった。
三十畳程の部屋、執務室と言うだけあってたくさんの書類が乱雑に乗っている重厚な木目の机に紺色の髪に淡い水色の瞳の35歳位の男がいた。
宰相というからにはもっと年上を想像していたがずいぶん若いな。
俺とオリゲールさんは部屋の一角に備え付けられた、日本で言うところの応接セットのソファに座り宰相と対面していた。
そばに控えていた従者らしき若者がさっとお茶をだす。
「勇者様、私はこの国の宰相をしております、サムネル・エリモルトと申します。この度は私どもの都合により召喚という形であなた様をこの国に招いたこと誠に申し訳ない」
と、頭を下げた。
誠実なその態度に好感がもてるな。
「いや、頭を上げて下さい。その勇者様っていうのはちょっと恥ずかしいので、出来れば
元の世界では自分の存在価値がわからなくて苦しかった。
でもこの異世界では俺は必要とされているようだ。
この世界で俺にしか出来ない事をやり遂げてみたい、そんな思いに捕らわれた。
「では、マサキ殿、この世界をあなた様のお力で救っていただきたい。これからこの国や隣国では獣鬼や悪鬼と呼ばれる闇落ちしたもの達が増えるだろう。それだけなら騎士団や傭兵団で凪払えるが、悪鬼を操る悪鬼王が生まれたと報告された」
なるほど、その悪鬼王が俺が相手をしないといけない魔王ってことか。
「そこでマサキ殿には魔族の王子と獣族の騎士王と力を合わせて悪鬼王を倒して欲しい」
ん?獣族の騎士王はなんとなくわかるけど、魔族の王子ってようは魔王の息子だよな?
あれ?魔族って敵じゃないのか?
「えっと、この世界には魔族と獣族がいると・・・そしてその種族達とは友好的な関係ってことですか?」
「魔族と獣族はわれわれと同じ人間です。それぞれ始祖が異なるだけで」
そう答えてくれたのはオリゲールさんだった。
「この世界についての勉強は明日から私と一緒にやりましょう」
「そうだな、マサキ殿には知っておいてもらいたいことや討伐の身体作りなどがあるからそちらの手配もしておこう。とりあえず、1年間は討伐準備に費やす事になる」
なるほど、悪鬼王との決戦は1年後って事か。
確かに今すぐは無理だもんな。
それまで特訓だな。
「それはそうと、オリゲール殿、勇者召喚の際に小さな女の子も召喚されたそうだが、その子は聖女様なのか?」
「それが私にもわかりません。月読みの聖者は勇者様の召喚の時期がきたとだけ進言しておりましたので。今現在の巫女や聖者達はそれなりに力がありますので聖女様の手を煩わせるまでもないかと」
あ~やっぱり俺の召喚に巻き込まれちゃったんだな。
ここはあの子がこの世界で安心して生活出来るように俺の勇者としての立場を利用させてもらおう。
「あの子は俺の大事な従妹です。万が一あの子を粗末に扱う事ようなことをしたら、俺はこの国に協力はしませんよ」
真っ直ぐに宰相の目を見て釘をさす。
「それはもちろんだ、勇者様の従姉妹として丁重にもてなすと約束しよう」
「マサキ殿、私からも進言させてもらいます、この国には初代聖女様の誓書があります。その一文に『会渡りの賢者は敬愛すべき存在。害する事なかれ』と。ですからあの子はこの国で健やかに過ごせるでしょう」
そっか、きっと召喚された異世界人のことを思って誓書を残してくれたんだな。
グッジョブ初代聖女様!
そんな話をしていると、何だか執務室のドアの外が騒がしくなりノックもなしにドアがいきなり開いた。
「おい!サムネル、勇者様の召喚が成功したって?早く会わせてくれ」
ずかずかと部屋に入ってきたのは黒髪に紺色の瞳の美丈夫だった。
ドアの閉まりきる前にちらっと護衛らしき2人の騎士が走ってくるのが見えた。
「な、何しているのですか、国王!」
国王様?まだ30代じゃないか?それにしてもこの国のトップはずいぶんフットワークが軽いな。
そんなことを思い苦笑していると、ふっと国王と目があった。
「おう!君が勇者様だね。私はこの国の王、ルイビス・キリア・ターマスだ」
と言って右手を差し出した。
俺は慌てて立ち上がり、「徳江雅樹です。よろしくお願いいたします」
と握手をした。
この国にきてカラフルな髪色を見ていたせいか国王の黒髪に少しホッとする。
「いやいや、よろしくお願いするのはこちらだ。急に召喚などして申し訳ない。君の生活は国王の私が後見人となって保証するので何かあったら遠慮なく申し出てくれ」
「ご配慮、ありがとうございます」
と頭を下げると、国王は一瞬目を見開いてニカっと笑った。
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