第3話 パネルの芝生は青く見える

 今日も今日とて、女神先輩とガンダムくんはお台場にて暇を持てあましていた。

「なんか僕思ったんだけどさ、やっぱり動けないのって、辛くない?」

「今更だなあ。それは精神的に? 肉体的に?」

「肉体的にかな。動けないのが精神的にきついってことはないけど、嫌なものから逃げられないってのは精神的にきついね。ねーねー、女神さんは生まれ変わったら何になりたい?」

「そういう意味では人じゃない? それか鳥かな。自由に動けるだろし」

「人かあ〜。でも、こういったらちょっと失礼かもしれないんだけど、人間ってさ、やっぱはめる側の生き物じゃん? 僕なんかそういうのダメだなあ。なんていうか、見下されてる気がして、好きになれないというか。僕たちから言わせて、僕たちがはめさせてんだからな! って感じじゃん」

「それはそうでしょ。人がオレらにハメただの言ってるけど、あれは間違った日本語だからな。オレたちがはめてるってのが正しい日本語だよ」

「まあね」

「じゃあ、やっぱ鳥か」

「鳥も嫌なんだよね。糞とか落としてきて、それでいて何食わない顔で、平然と首かくかくさせてるし、気に食わない」

「それは、鳩でしょ。オレがイメージしてたのは鷲とか鷹だけど」

「へえー。鳥にも色々あるんだね。」


「そういうお前は何になりたいわけ?」女神先輩が問いかけた。

「僕はそうだなあ。うーん、とりあえず時計台とかは嫌だね。あんなの絶対疲れるって、1秒たりとも休めなそうだし。なんか、のんびりしてるのがいいなあ。国旗とかいいかな。僕たちみたいに仕事とか考えなくて、風にゆらゆらしてるだけみたいに見えるし」

「でも、国旗って言ったら、首脳会談の時とか凄い忙しそうじゃない? それこそ社交性とグローバルな人付き合いとかが求められることになるわけで」

「それは一部のエリート国旗だけだよ。僕は県旗と一緒に飾られてる国旗くらいでいいよ。楽しそうじゃん。今の僕たちみたいにわいわいしてさ」

「国旗に選ばれた時点で旗界隈では、十分エリートだと思うけどな。あと、国旗は動けないからそこも微妙だと思うぞ。でも、そういう意味では、オレは眼鏡になりたいかな。色んな景色が見れそうだしさ。あと、オレはやっぱ、どうしてもハメられるって感覚だけは捨てきれないんだよね。どこまでいっても、大事にしていきたいっていうか。これも、パネルの本能なのかな」

「それ、パネルあるあるだよね〜」


「まあ、なんにせよ、となりの芝生は青く見えるってやつだろ。オレたちみたいな、パネルになりたくてしょうがないやつが世の中、腐るほどいるんだからさ」女神先輩が結論づけるように言った。

「確かにね」

「え、そうなの?」

「あれ、違うの??」

 ガンダムくんの心底疑問そうな表情を女神先輩は微笑ましく見ていた。


「じゃあ、チャリかな。これなら僕の条件にも合ってる気がするんだけど、どうかな」

 ガンダムくんがうーん、これでもないあれでもないと首を捻りながら女神先輩に何になるのが1番いいかということを提案して、女神先輩がそれになった場合の弊害を挙げるという時間がおよそ30分続き、痺れを切らした女神先輩が切り出した。「てかさ、その話、まだ続くの?」

「え? いや、終わってもいいけど」

「いや、なんか実用的な話というか、オレたちにとって意味のある話だったら、続けてもいいんだけど」

「いや、別に、意味はないんだけど…」

 僕たちパネルにとって意味のある話とはなんなのだろうとガンダムくんは疑問に思い、そんな大きなテーマを語れる自信がなかった。人間のレベルに合わせて例えると、それはなぜ人は生きるのかと同等のものだ。

「なら、やめようか。結局オレたちはどこまでいってもパネルなんだからさ。パネルとして生きるしかないんだよ」

「てか、僕たちって何か意味があるのかな……いや、やっぱこの話はやめとこう」

「自信持てよ。てか、どっからこんな話になったんだっけ?」

「え、なんだっけ? 確か女神さんが人間になりたいとか言い出したんじゃなかったっけ?」

「違う! いや、言ったけども。それを聞いてきたのはキミだから。オレのせいにするのホントよくないよ」

「でも」

「あと、すぐに否定から入るのもよくない」

「いや、でも……」

 こういう時、自由に動ける人間はいいのかもしれない、とガンダムくんはふと思った。喧嘩になっちゃったり気まずくなっちゃったりして、一緒にいたくないなと思ったら離れていける。でも、僕たちは動けない。離れられないのだ。嫌いな時も好きな時も、つまらない時間も楽しい時間も共有できる。共有しなくてはならない。

 でも、ガンダムくんは、女神先輩となら、そういうのも案外悪くないなと思っていたりする。たまたま先にいたのが女神先輩で、ほんとにそれだけなのに、たまたまいたのが女神先輩でよかったなと思った。

 ガンダムくんは、そんなことを考えながら、そういえば、この話は僕が動けないのがきついみたいに言い出してから始まったんじゃなかったっけ? と思い出した。

 あとで、謝ろう。その「あと」がいつになるかは分からないけど。


「やっぱ動けないのも案外悪くないかもしれないね」

 ガンダムくんの問いに女神先輩が答えることはなく、また、ゆったりとした時間が2パネの間に流れていくのだった。

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はめるのロマン ハル・トート @harutoto

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