大事なもの

何か大事なものが欠けたそんな気がするがそれがなんなのか分からずいつも通り水を貰う。


「エドワード様お水です」

「ありがとうアイリ....っ」


そこにいたのはアイリスではなく別のメイドだった。そこで僕は昨日のことを思い出した。アイリスが部屋から飛び出していったこと。そこからアイリスがどうなったのかは知らない。しかし、アイリスがここにいないということは出て行ったのかもしれない。


「エドワード様。昨夜からアリスの行方が分からないのですが何か心当たりはありませんか? 」

「あんな奴知るもんかっ! 」


僕は勢いよく立ち上がりメイドの声を無視して部屋を飛び出し、屋敷の中庭に出た。庭師によって綺麗に整えられた植物達の間を抜け走る。飛び出して来たため足には何も履いておらず、足に土の感触を感じながら5歳の小さな体には広すぎる中庭をただ走った。足がもつれこけてしまうが、気にせず立ち上がりいくあてもなく走った。足元がだんだんおぼつかなくなりまたこけるそこで僕は起き上がることが出来ず倒れたまま泣いた。もう何がなんだか分からなくなるくらい泣き叫んだ。


僕の声を聞きつけた庭師やメイド達が集まって何があったのか尋ねてくるが、僕は俯いて座り込み黙る。周りではエドワードに話しかけ続ける人そして屋敷にこのことを伝えようと走り去る人、みんな初めてみるこんなエドワードに何があったのか分からず困惑している。そうして黙っていると屋敷からリエール姉様がメイドを連れて急いでスカートを裾を上げこちらに走って来ているのが見えた。


「エド!一体何があったの!? どうしたのよっ」

「....」

「エドっ、答えてなにがあったの......エド」


リエール姉様はエドワードが何も答えてくれないので何も分からないことから何もしてあげられない無力感を感じ涙目になっていた。それをみていたメイド達もどうすることも出来ずただじっと黙って見守る事しか出来ない。


結局あれから朝の素振りをしていたエリック兄様が駆けつけて無理矢理部屋へと連れ戻された。そして今は父様と二人きりで自分の部屋で僕はベッドの上父様は目の前で椅子に座りただぼくを見つめて沈黙が続いていた。


「エドは珈琲が飲めるか? 」

「え?」


父様が沈黙を破り発した言葉はどうしたのか問われると思っていた僕の予想の斜め上を行くものだった。


「私の子供の頃の話になるが、私は7歳の頃ある女の子にまだ幼いながらも恋心を抱いたことがあってな初恋というやつだ」

「.....」


父様が一体何の話をしてるのかと思ったが、ゆっくりと懐かしんで話す父様の話を僕は黙って聞いた。


「当時彼女と仲は良かったがそれ以上は中々相手にしてもらえず、むず痒い日々を過ごしてな。彼女は彼女の兄が大好きでその頃の私は彼女の兄に嫉妬し、一体兄の何が好きなのか私とは何が違うのかを真剣に考えた。そうしては私は彼女の兄と比べて子供だからだめなんだと思ったんだ。私は大人になるために色々なことを試したその中に珈琲を飲むこともあった。彼女の前で得意げに珈琲を飲んでみたのだがあまりの苦さに涙が出てきてしまったんだ。それをみていた彼女には笑われてしまったよ」


笑いながら昔話をする父様の言いたいことが未だにわからなかった。しかし、初めて話してくれる父様の昔話は今のヴェルノ伯爵家の家主でありその昔伯爵家でありながら戦争の最前線で指揮をとっていた名将エヴァンス=ヴェルノからは想像出来ない意外なものだった。そんな父の意外な子供時代に僕は少し興味を持った。


「.....その後はその女の子とはどうなったのですか父様」

「知りたいか? 彼女とは色々あってな結婚して今では四人の子供に恵まれ幸せに暮らしている。色々が聞きたかったら本人から聞いてみるといい」


優しく微笑み話す父様。父様の初恋の相手は母様だったということだ。


「エド、私は大人には大人の子供には子供の出来ることがそれぞれあると思っている。エドが一人で何か抱えているものは大人の私なら簡単に解決出来るかもしれない。これは推測に過ぎないがアリスと何か関係があるのだろう。」

「....」

「無理に今話せとは言わないが........実は私の書斎の机の上にアリスからの手紙が置いてあった。私は昨日は夜から屋敷を空けていたから昨日の夜に置いたものかもしれない。その手紙にはこのお金をエドのために使って欲しいと書いてあった。」


そういって今まで気がつかなかったが床に置いたあった袋を父様は持ち上げた。その袋には何百枚もの金貨が入っていた。それは平民の範疇であれば10年は遊んで暮らせる額だった。


「その金貨はアリスの給金5年分だ。何故アリスが5年間働いた金を全てエドに使ってくれと言うのかは私には分からない。私には分からないがエドには分かるのではないのか? 」

「.....」

「アリスはなエドが生まれてすぐにメイドとしてやってきて、仕事を覚えるのが早くとても優秀な子だったが不思議なところがあってな生まれて間もないエドの世話を執拗にしたがるんだ。私達はなにかを企んでいるのではないかと疑いもした。仕事ができるということで雇ったが素性があまりしれない子だったから疑いもする。さらに今回全ての給金をエドのために使ってくれ言われ少し困っている。今はアリスのことを少しも疑っていないが、私には分からないことが多くて判断ができない。これはエドの判断に任せる。」


そういって金貨の入った袋を僕の座ってる隣に置いた。転生したことなど何も知らない父様からしたらアイリスがなにを考えているのか分からないのは当たり前だ。しかし、僕にはわかる5年間僕のことを考え動いてきたこと。この金貨の重みはアイリスの5年間の努力の証なのだ。


僕は愛想を尽かされたわけではなくアイリスには何か言えない事情があるのだということがわかった。そういうことなら僕がやれることを一つしかないだろう。


「父様、この金貨は私が貰ってもいいでしょうか? 」

「好きにしたらいい。それはそもそもアリスのものだ。アリスがエドのために使ってくれと書いたのだからそれはエドが自分のために使えばいい」


僕はアイリスの話を聞いて自然と流れていた涙を拭いた。これから僕は今までずっと一緒にいたアイリスがいない中生きていかなければならない。こんな事初めてなので挫けるかもしれないが、ここには転生する前と違って挫けても起き上がるのを手伝ってくれる家族がいる。僕は立派な大人になってアイリスを待つことにする。例えそれが10年という長い時間でも


「エド。私は仕事でもう行くが渡しておくものがある。手紙には二通あってこれはエドだけに読ませて欲しいと書いてあったものだ」


そういって封の切られていない手紙を僕に手渡し父様は部屋を出て行った。一人残された僕は渡された手紙を開けた


クロウへ


これを読んでいるということは私はもうあなたの側にはいないでしょう。突然変なことをいってごめんなさい。あれは嘘です。どうやって切り出したらいいのか分からず嘘をついてしまった私を許してください。私にはクロウに隠しているやらなければいけないことがあるのですが、それを今話すことは出来ません。いつか話せるようになったらちゃんと話します。クロウを不安にさせてしまい都合のいいことを言っているのは重々承知ですが私を信じて待っていてください。私は必ずクロウのもとに戻ります。


アイリスより


とても短い手紙だったが僕にはこれで十分だった。僕は手紙を棚の引き出しへと大事にしまう。コンコンと扉からノックの音が聞こえた。


「どうぞ」

「エドワード様、剣の修練の時間です。」

「分かってます。すぐ行きます。」


今日もいつものように修練がある。そのことを思い出しいきなり挫けそうになるが、心を振るいたたせ今日から頑張ろうと決心する。

いつもの場所へ急いで行くとエリーゼ先生が待っていた。


「エドワード様もう大丈夫なんですか? 」

「はい先生大丈夫です。」


僕はエリーゼ先生と真正面から向き合うことでもう大丈夫だということを証明する。


「大丈夫そうですね。それでは今日は修練始める前に言わなければならないことがあります。」

「なんですか? 」

「エドワード様の試験の日程が決まりました。4月1日になりました。」


淡々と連絡事項を話すエリーゼ先生。遂に初めての試験が始まる。

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