第3話 部活
あの忙しない高校生活一日目から、一週間が経過した。
まだ高校生活には慣れない部分も多々あるが、徐々に平穏な生活が送れるようになってきた。といっても、毎日逆木兄妹の相手をしている生活を平穏とは、とても呼べないかもしれないが。毎日喧嘩の仲裁をするなど、例え、低偏差値の不良高校でもあまり見慣れないのではないのではないだろうか。男女が揃っているのならば、昨今の高校生なら喧嘩よりも色だろう。このSNS時代、出会いなんかそこかしこに転がっているってみんな言っているからな。いや、誰だよ、そのプレイボーイなみんなは。
閑話休題。
ともかく、兄妹との交流も当たり前の光景となってきた頃、俺はクラス内に存在する微かな異常に気付いた。
「なあ、柊。なんか教室からどんどん人が減ってきてないか? しかも、先生もあんまり気にしてないような感じだし。何か知らねえ?」
俺は、目の前で食堂のおばちゃんを驚かせたほどの大盛ラーメンに顔を埋めて、驚異的な勢いで食いついている柊に訊ねる。ちなみに、宗史はその柊を凌駕するほどのカレーを頼みに行ってまだ帰ってきていない。
麺を半分ほど一気に啜りきった柊は、丼に埋めた顔を上げて答える。
「あんまり詳しくはないけど、多分部活だと思う。なんか人気の部活は、他の部活よりも一週間早く勧誘始めるんだって。混雑がどうたらって。それで、授業免除になってる部活に入った人が来なくなってるとか」
「勧誘? そんなんどこでやってたよ? 俺は、まだサボってないから見逃すはずはねえんだけどな」
「人気の部活だからね。勧誘って言っても募集をひっそりかけるだけでも相当数来るんだよ。部活に興味ない悠人じゃ気付かないのも無理ない」
「なるほどな。ちなみにその授業免除なんて馬鹿げた特権を持ってる人気の部活って?」
柊は知らないとばかりに肩を少し竦めて、再びラーメン丼に潜っていった。ずぞぞという音を聞きながら、少し考える。
人気な部活であることは分かっているが、それがどんな部活かは分かってないか……。誰もが入りたがるとなると、専門的な部活ではないだろう。そして、苦手な人が一定数いる運動部でもない。同じ理由で科学部や文芸部といった一般的な文化部も考えにくい。
専門的でなく、運動部でなく文化部でもない部活。その部活がこっそり募集をかけるだけで人が集まるほど人気であり、しかも、その中には、授業免除というおよそ学校という場においては、考えられない——いや、ありえてはいけないほどの特権を持つ部活があるとは。
俺は自然と口角が上がるのを感じる。
これは、この学校にもちょうどいい具合の、都合のいい何かがあるらしい。俺の目的に合う何かが。
思わぬところから得た収穫に俺が薄笑いを浮かべていると、そこに両腕で抱えるほどの大皿にこんもり山のようによそわれたカレーを持った宗史が戻って来る。
「何気色わりい笑い方してんだ、悠人? なんかいいことでもあったのかよ?」
「ああ、まあ、ちょっとな」
「そっか、そりゃよかった。で、放課後はどうするよ?」
「……何の話だ?」
「おいおい、忘れたのかよ。さっき聞いたはずだろうが!」
さっき言ったじゃねえか、だって? そもそも今日お前としっかり話すのは今が最初だろうが。お前がさっき言ったのは俺じゃない、別のやつだ。だが、こいつはそこまで手の付けられないようなバカだっただろうか。いや、そんなことはない。こいつは行動こそ単純だが、その実、結構賢い奴だ。こんなおかしな勘違いをするだろうか。それに、聞いたはずだろうが、とはどういう意味だろう。言ったはずではなく聞いたはずとは。
俺が突然襲われた混乱に頭を悩ませていると、視界の隅で微かに震える肩が見えた。それは一瞬だったが確実に震えていた。そこで、俺はある可能性に気付く。
「……なあ、宗史。お前それ誰に言ったんだ? 今日お前とちゃんと話すのは今が初めてだ。少なくとも俺じゃないだろ?」
「あ? そりゃもちろん…………なるほどな。やったな、お前」
「ああ、やられたな。……もうばれてるぞ、柊」
「……あたしに任せる方が悪い。あたしをパシリに使おうたってそうはいかないよ」
丼から少し顔を上げ上目遣いでこっちを見る柊の顔には、心底笑えるものを見たというような笑みが浮かんでいた。その瞳には、明らかに宗史を馬鹿にしたような嘲笑の色が浮かんでいた。そして、そこは双子。俺が気付くのであれば、もちろん宗史も気付くわけで。
「なあ、柊。喧嘩売ってんのか? そんなら、倍額出して買ってやるよ。中庭出ろ」
「何? 横着こくほうが悪いんでしょ? いい度胸してるよね。てめえが先に出ろ」
「あ?」
「は?」
「まあ、待て! 待ってくれ! 頼むから落ち着いてくれ!」
一触即発の気配が二人から漂ってきたところで、慌てて間に割って入る。こいつら、お互いのこととなるとどんだけ沸点が低いんだ。仲介に入るこっちの身にもなってほしい。
席から立ち上がってにらみ合う二人を無理やり座らせる。
「宗史。そんなに怒んなって。いや、まあ、起こるのは尤もなんだけどさ。こんなとこで喧嘩して目、付けられるのも面倒だろ、な? 柊は、流石に反省しろ。今回はお前が悪いよ」
「だって、宗史が今朝あたしのウインナー全部食うから!」
「だってよ。宗史」
「そんなことでかよ。ケツの穴がちいせえ奴だな」
「何だって!」
「何だよ!」
「そこまでだ」
再び喧嘩腰になる二人の脳天にチョップを叩き込む。二人は目に涙を浮かべ、俺を見る。
「喧嘩両成敗だ。これで、手打ちな」
無理矢理収めようとするが、まだ二人の目にはお互いに対する怒りの色が色濃く残っている。ここは、話を変えて何とかうやむやに。
「それで、放課後には何があるんだ?」と二人に問いかける。
柊は諦めたかのようにため息を吐くと、落ち着いたようで答える。
「体育館で部活の勧誘があるのよ。それに三人で行こうよって」
「あー、そういやさっき他の部活より一週間早いって言ってたな。先週がそうなら今週は普通の部活の勧誘ってことか。って、二人とも空手部と剣道部から勧誘なかったのか?」
「もちろん来たぜ。でも、まあ、もう空手はいいやと思ってな。別に空手を極めようと思って始めたわけじゃねえし、なんなら空手じゃなくてボクシングの方がよかったまであるくらいだ」
宗史も落ち着いてきたようだ。俺もほっと一息つく。
「あたしもそんな感じ。それでもこの学校の剣道部はあんまり人がいないみたいだから、たまの助っ人は受けるけどね。それ以外にも、何か部活入りたいし。今度は悠人と同じ部活も面白いかと思って」
「なるほどな。どうせ入らないといけないんなら、さっさと入っとく方がいいか。分かったよ。行こう、三人で」
その言葉を聞いた柊の顔が微かに歪むのが見えたが無視する。
それにしても、部活か。中学はずっと帰宅部だったから、多少ワクワクする。運動部も文化部もどこに入ってもそれなりに楽しさは見つけられるだろう。そうじゃなくても、逆木兄妹と一緒の部活に入ったのならば、少なくともつまらないということはない。
放課後までに、そんな部活に対する期待に胸を膨らませた俺は、二人と一緒に体育館に向かう。
だが、まさかあんな形でこんな部活に捕まってしまうなんて、この時の無垢な俺は知る由もなかったのだ。
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