第82話 遊園地デート


「行ってきまーす」


 俺は朝食もそこそこ、聖戦に向け準備を行い、いざ戦場へ向かう。

朝食の時に全員へ絶対についてくるなと念を押した。

だがしかし、仕事上アンジュはついてくるだろう。まぁ、それは仕方ない。

アンジュに対しては絶対に俺と薫には気が付かれないようにと別に話をしている。


 待ち合わせは午前十時。ナイスガイは一時間早く行き、待機する。


 そして


「ごめん待った?」

 小走りで俺に向かってくるあいつ。


「いや、さっき着いたばかりだ」

 本当は一時間も前にスタンバっているが、さわやかスマイルでゴー。


「良かった。じゃぁ、行こうか?」

 あいつは俺の腕を取り、組んでくる。そして、恋人つなぎだ。


 2人仲良く腕を組んで終始笑顔で目的地に向かう。

完璧だ。もう完璧すぎて涙が出そうだ。


 服装完璧。財布にスマホ。ハンカチにちり紙。うん、大丈夫そうだ。


「純一様、本当に駅までお車を出さなくてもいいのでしょうか?」

玄関で俺に声をかけてくるレイに微笑む。


「デートに送られてくる奴がいるかよ。一人で十分」


 そう言って俺は玄関を出る。

そして待ち合わせ場所に着く。予定の時間よりも一時間早く。





「ごめん。待った?」


 このセリフをなぜ俺が言うのかって?


「大丈夫よ。さっき来たばかり」


 すでに待ち合わせ場所にいた薫に切り替えされる。

おかしい、待ち合わせ時間にはまだ相当な時間があったはず。


「まだ予定の時間より一時間も早いんだが?」


「きっと純一は一時間前に来ると思ったから、その前に来ただけよ。さ、行きましょ」


 ち、ちくしょー! まさか先を読まれるとは。

俺が立てた計画がパーじゃないか!


 そんな事を考えていると、薫が俺の腕に自分の腕をからませてくる。

ちょっとだけ腕に柔らかい感触が……。薫の顔を直視する。

薫は頬を少しだけ、赤くしながら俺に耳打ちする。


「デートでしょ? このくらいいいよね?」


 ばっちこーい。やっぱりデートと言えばこんな感じですよね!

結果オーライです!


「ん? いいよ、問題ない。さて、予定よりもちょっと早いな。例の店でコーヒー飲んでから遊園地に行くか」


 俺達は二人で喫茶店へ行き、コーヒーを飲みながら今日の予定を軽く話す。

そして時間もいい頃、予定通り俺達は遊園地に向かって電車に乗り込んだ。





――



「大人二枚」


 俺が入園のチケットを購入するため窓口に話しかける。


「男性ですか? 女性ですか?」


 ふっ。ここは予習通り。サイトで事前に確認しておいて良かった。

もし、下調べが無ければ対応に困っただろう。


「男性一枚、女性一枚。カップルチケットでお願いします」


 そう、最近どの遊園地もカップルチケットなるものがある。

さまざまな特典が盛り込まれたこの超優遇チケットはある意味プラチナチケットだ。

無事にチケットを手に入れた俺達は入場口へと向かう。


 しかし、チケット販売所からファンファーレが鳴り響く。

そして、マスコットキャラたちがどこからともなく現れ、俺は担ぎ上げられてしまった。

連れて行かれたのは、キラキラ光る馬車。なぜかキラキラタキシードまで着せられている。


 俺が呆然としていると、薫が後から馬車に近寄ってきた。

薫はお姫様のようなドレスを、もともと着ていた服の上から着せられている。

俺が手を差し伸べ、薫の手を取る。薫は笑顔で俺の手を取り、早々と馬車へ乗り込んだ。


 まるでパレードのような状態で俺達は入場口に向かう。


「な、なぁ。これはちょっと恥ずかしくないか?」


「そう? ここでは夢を売っているのよ。夢を買わなきゃ」


 薫は通り過ぎていく人たちを横目に、手を振る。

来客者たちも、何事かとこちらを見てはニコニコしながら手を振っている。


 だが、俺は通り過ぎた後に後ろの女性グループを見た。

物凄い目つきでこっちを睨み、親指を下に向けている。

うん、これは恨みを買いそうだ。早く降りよう。


 一般入場門とは別に、馬車用のゲートがあるらしく、大きな門が開いて遊園地の敷地へと入る。

なんか、本当に王子様になった気分だ。園内のマスコットキャラが、こっちを見て手を振ってくれる。

俺も手を振り、答える。ちょっと楽しくなってきた。


「なかなか楽しいでしょ? 私の夢だったの。王子様と一緒に馬車に乗って、きれいなドレス着て、夢のようね!」


 薫の顔からは笑顔が絶えない。本当に楽しんでいるようだ。


「何から乗る? 絶叫系? それともホラー系?」


「純一に任せる! 今日一日リードしてくれるんでしょ!」


「そうだな、今日一日まかせてもらうか!」


 こうして、俺達は時間の許す限り遊園地を楽しんだ。

カップルチケットは優遇で待ち時間なく全ての乗り物に乗れる。

しかも乗る場所も指定でき、移動は徒歩ではなく馬車だ。

条件として、服装はタキシードにドレス。そして運転手付。


 俺達はイッツアビックワールド、ショウスペースマウンテン、ボーンデッドアパートなど、時間いっぱい乗りまくった。

そして、日も暮れかけた夕方。空に赤みがかかり、日が落ちようとしている。


「純一。あれに乗りたい」


 薫の指さす方向には大型観覧車が見える。


「よし、行くか!」


 俺達は観覧車に乗り込むため、馬車を下りカップルチケットを提示し観覧車に乗り込む。

案内スタッフが乗り込む前に説明をする。内容は普通の観覧車と同じで中から出ない、揺らさないなどの諸注意だ。


「なお、カップルチケット限定で、頂上で三部分間停止します。頂上は景色がいいですよ! それではお楽しみください!」


 隣の列は女性女性女性。見渡す限りの女性。そして、こっちを激しく睨んでいるが、そこはスルーしよう。

薫と観覧車に乗り込み、窓の外を見る。列に並んでいた全員がこっちを睨んでいる。

こ、これは怖い……。もし、あの中に俺が放り込まれたらと、考えるだけで体が震えてしまう。


 ゆっくりと上がっていくゴンドラ。次第に、人が小さくなっていく。


「ねぇ、純一」


「何だ?」


「なんで私達は馬車で移動か知ってる?」


「ん? 特典なんじゃないか?」


 薫はこっちを見て、ニヤニヤする。


「違うわよ。男性を守る為よ。普通に歩いて回ったら、大変なことになるわ。だから、男性が入園する時は絶対に馬車。そして、運転手はガードマンよ」


 そ、そうだったのか! 俺はてっきりただの特典だと思った!

それで全てがスムーズに動いていたのか。何だか納得してしまった。


「今日は楽しかった。私の、一つの夢を叶えてくれてありがとう」


 夕日の赤みが増したのか、薫の顔が赤いのか。

笑顔で俺に話しかけてくる薫はやっぱり可愛い。


「俺も楽しかった。遊園地もいいもんだな」


 不意に観覧車が止まる。ちょうど頂上に着いたようだ。

周りには他のゴンドラも見えなく、この世界に俺達しかいないような錯覚に陥る。

山の向こうに日が沈む。あとほんの少しで完全に日が落ちそうな瞬間。




 俺達は二人しかいないこの世界で口づけを交わした。



 そして、完全に日が落ち、空には星の光が輝き始める……。


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