第81話 二人でお風呂


 俺は今洗面所にいる。一人ではない。二人だ。

なぜかアンジュと二人で洗面所にいる。

そして、互いにタオル一式、着替えを持ち込み沈黙のまま突っ立っている。

タオルも着替えもマリアが丁寧に準備してくれた。

この時間を使って、俺とアンジュの部屋の掃除をしたいそうだ。

アンジュの部屋の布団なども一緒に準備するらしく、丁寧に二人追い出されてしまった。

もちろん抵抗したよ? 色々と理由をつけて別々に入ろうと頑張ったよ。


 しかし、結果は見ての通り。

俺は今日会ったばかりの方と裸の付き合いをしなければならないのか……。


「アンジュ。俺は今日風呂はいいから、一人で入ってくれないか?」


「それはダメです。だったら私が入らないので、純一様が入ってください」


「いやいや、今日一日疲れただろ? どうぞどうぞ」


「純一様。明日は純一様の聖戦でしたよね? まさか風呂に入らず、聖戦に行かれると?」


 ぐぅ。えっと、さすがにちょっとそれは困る。

だが、だがしかしだ!


「分かった! 俺が眼隠して入る! それでいいか?」


 目を見開いてアンジュが俺の方を見る。


「そ、それはなんておいし……。ごふん……。いけません! そ、そんな破廉恥な! 私を誘惑して、ま、まさか私の事が!」


「ないない! なんでそうなる! 分かったお互いに目隠してして入ろう。さっさと入ってさっさと出よう」


 アンジュは口元を緩めながらウンウンと頷いている。

早く上がって、もう寝よう明日は朝一で色々と確認したいこともあるしな。


 俺は目隠しをしながら、服を脱ぐ。

ん、なんか変な目線を感じる気がするが気のせいだろう。

アンジュの服を脱ぐ音が生々しい。いやいや、ここは無心無心……。


「俺は先に入るぞ」


 スポポーンになって、俺はさっさと体に湯をかけ、湯船に入る。


「はふぅぅぅ。今日もいい湯ですね」


 目隠しが無ければ、さらに一人だったらもっといい気分なんだろうな。


「アンジュ! 行きます!」


 アンジュの大きな声と戸を開けた音に実感びっくりしたがこの作戦は上手くいっているようだ。

すると、俺の頭に桶が当たる。かぽーん。


「し、失礼しました。見えないので、どこに何があるかさっぱりで」


「大丈夫だ。たいしたことはない」


 桶から湯をくみ、アンジュが湯を体へ流す音が聞こえる、

なんか非常にえっちぃですね。見えない分なんか色々とやばいですよ。


「し、失礼します!」


 湯船に二人入り、お湯がすこし湯船から溢れる。

そして、俺の足に少し触れるアンジュの体が気になって仕方がない。

いかんいかん。ここは心を落ち着かせよう。精神統一。何も考えてはイケナイ。


「純一様? どうしたらもっと男性の考えが分かるようになりますかね?」


 不意に質問される内容に、ちょっと考える。

これは非常に難しい。男から見たら女心は分からない。

同じように、女からみた男心もわからないだろう。


「そうだな。一人称を私ではなく『僕』。そして、服装もスタイリッシュにして、女性をリードできるようになればいいんじゃないか? そして、恋をすることだな!」


 女心と秋の空。恋は盲目。恋をするとそれしか見えなくなり、行動力が増す。

そして、普段できない事が出来るような錯覚に陥る。恋はいいよね。


「分かりました。女性をリードできるように頑張ってみます」


 俺は風呂から上がり、頭と体を洗いはじめる。

そして、不意に背中に何かが当たった。


「お背中、流しましょうか?」


「まにあってます! 一人でできますからぁ!」


「そうですか。もし、必要なときにはすぐに言ってくださいね」


 俺は無心に頭を洗う。邪念を払うかのように黙々と洗う。


『湯加減どうですかー』


 扉の向こうからマリアの声が聞こえる。


「だいじょーぶ! 問題ない!」


『分かりました。アンジュさんの布団、準備できてますので上がったお部屋にどうぞ!』


 それだけを伝えるとマリアの気配が無くなっていく。

なんだ? それだけだったら今伝える必要ないんじゃないか?

風呂から上がった後でもいいじゃないか!


 俺は全身に湯をかけ、泡を流す。


「アンジュ、ほら空いたぞ。さっさとやって早く出よう。そして、明日からは別々に入ろう」


 アンジュは俺と交代で湯船から出る。


「一つお願いが……」


「なんだ?」


「石鹸もシャンプーも何もかも見えないので、まったくわかりません……」


「まじか。で、取ればいいか?」


「お願いします」


 俺は湯船から出て、石鹸を手渡す。

その後、シャンプー、リンス、トリートメントと順に渡していき、事なきを得る。

時折触れる肌が、手が、腕がのぅぁぁぁぁ! 聖戦前に死んでしまいそうです!


 

 無事、何事もなく(?) 風呂を上がり、互いに服を着て目隠しを取る。

目の前に現れたアンジュは、男性ではなく女性だ。

濡れた髪がすごく色っぽい。これで男装して、男性の気持ちを知りたいという変な癖が無ければ普通なのに……。


「さっぱりしました。ありがとうございます」


「俺もさっぱりだ。明日から別々に入ろう。風呂に入ったのに疲れる」


「確かにちょっと疲れますが、私は肌につやが出まくりですね」


 おかしい。お互いに疲れる状況なのに、俺だけ異様に疲れている。

不公平だ。明日から絶対に一人で入る!





 こうして、二人で風呂事件は終結し、一日が終わろうとする。

寝る前にスマホを片手に薫へメッセを送る。


『明日、楽しみだな。待ち合わせどうする?』


 すぐに返信が来る。おかしい、送ってからほんの数秒だぜ?


『私が迎えに行くから、家から出るな』


 すかさず俺が返信する。


『いや、来なくていい。どうせ駅に行くだろ? 駅で待ち合わせにしよう』


『純一がそれでいいなら、それでいいわよ』


『おっけー。じゃぁ、九時に駅前で。昼と夜は外食にしよーぜ。忘れ物するなよ。』


 しばらく返信が無い。あれ? 返事が無い。寝落ちしたか?

少し時間が開いた後やっと返事が来た。


『夜も外食ね。わかった。絶対に忘れ物しないわ。準備しておくわね』


 ? ちょっと意味が分からないところがあるが、まぁいいか。


『じゃぁ、また明日。おやすみー』


『おやすみ』


 薫との待ち合わせ確認も完了。服もバックも現金も準備した。

よし、寝よう! 明日は一日遊ぶぜ!







――カタカタカタカタ


 アス クジ エキマエ

 アス クジ エキマエ

 アス クジ エキマエ


 暗い部屋の中で、モニタだけが光っている。

キーボードには目を向けず、ひたすらモニタを見ている。


 ヒル ヨル ガイショク

 ヒル ヨル ガイショク

 ヒル ヨル ガイショク


 ワタシ モ ジュンビ シナクチャ

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