第80話 アンジュの考え


 俺はゆっくりと扉を閉め、自分の部屋に戻る。

さっき見たのは幻覚か? さらしを胸に巻いたアンジュさんは女性と思われる。

すらっとしたスタイルは見ごたえバッチし。腰のクビレも問題ない。

そして、なによりその表情だ。

俺と目があった時は、顔を真っ赤にし、硬直していた。

物凄く可愛いと思ってしまった。でも、男性なんですよね?

どうみても女性に見えたんですよ。

あぁぁぁ! モヤモヤを解消するどころか、逆にモヤモヤが増えてしまった!


 夕飯まで時間はまだある。そうだ、忘れよう、さっきの事はなかったことにしよう。

それがいい。さぁ、そうと決まればプランの最終確認だ!

なんせ明日は聖戦だからな!


 パソコンの電源を再度入れ、画面を見つめる。

真っ黒なモニターを見ていると、背後に何かを感じた。


 画面ごしにアンジュさんがそこに立っていた。

へ? 何の音もしなかったよ? さっきまで誰もいなかったよね?


 そっと俺の首に冷たい手が触れる。


「見たわね……。正直に話しなさい」


 画面越しに見るアンジュさんはその眼に殺意を抱いている。

きっと嘘をついたら、俺は息を引き取るだろう。


「あ、あぁ。見た。上半身裸で、胸にさらしを巻いているアンジュさんを」


 そっと俺の首がら手が離れる。


「忘れなさい。そして、他言しない事。その若さで、まだ死にたくないでしょ?」


 いやいや、あんた俺のボディーガードでしょ?

何で俺を守る人から脅迫されなきゃならん?


「理由を聞こう」


 椅子をくるっと回転させ、俺はアンジュの方を見る、

腕を組み、若干偉そうな態度をとる。

ここで下手てに出る必要はない、俺が(正確には母さんが)雇い主だ。


「ノーコメントで」


 若干顔を赤くしながらも、アンジュはモジモジしながら答える。


「内容によっては協力する。だが、アンジュさんを解雇することもできる」


「か、解雇はダメ! まだ練習ができていない!」


 しまった! というアンジュの表情。練習とは何の練習だ?


「男装までしてきたんだ。それなりに理由があるだろ? 話してみろよ」


「だ、誰にも話さない? 秘密にしてくれる?」


 な、なんだこのキャラは。さっきまでとは大違いだ。

こっちが素なのか? 若干涙目で俺に訴えかけるアンジュは男性の雰囲気はなく、半泣きの可愛い少女になっている。


「もちろん。ちゃんと守秘契約もあるし、そこはお互い様だろ?」




 目の前で正座をしながら話し始めるアンジュ。


 学生の頃、好きな男性がいたが恋は叶わず。ガードマンとして職には就いたが、一向に男との関わり合いが無い。

そこで、男の考えを身に着けるために、ひいては、男にどうやったら好かれるのかを知るために、男装をするようになったと。

男装し数年も経過すると、周囲からは徐々に男性としてみてもらえるようになった。

だが、近寄ってくるのは女性ばかり。しかも四六時中見られている。

自由に動く事も出来ない日が有ったり、まるでハイエナに狙われながら過ごす日々の繰り返し。


 男装するからこそ分かった女性たちの精神的攻撃と自分を狙ってくるハイエナ。

精神的にもつらくなり、男装をやめようとした時、今回の仕事の依頼がかかった。


 これはまさに幸運。初めて男性と寝食を共にし、男性の考えを生で知るチャンス。

男装をやめることもなく、そのままボディーガードとしてここまで来たらしい。

これを断ったら男性の考えを知るチャンスを逃してしまう事になる。


 条件は強さ、ガードする対象を全ての女性から守り抜く事。

渡された俺の写真を肌身離さず落ち歩き、ずっと想いをよせ、今日にいたる。





――



「ようは、男性の。俺の考えを知りたいって事か?」


 無言でうなずくアンジュはテヘペロな状態だ。


「まぁ、仕事してくれればいいけど、他の人にはそのままアンジュさんは男性だって貫くのか?」


「出来れば。もし、可能であれば、そのままを維持したい」


「特に問題なければいいだろ。何か問題があったら、その都度相談しようか」


「ありがとうございます!」


 アンジュは満面の笑顔で俺の部屋から去って行った。

特に問題はないと思うし、特に気にする必要はないだろ。


 俺は明日の聖戦の為、再度念入りにシュミレーションする。

時間の計算と財布の中身の計算。服装に、髪型。

うん、これで大丈夫だな。きっとうまくいく。頑張れ俺。


 

 夕食の時に全員がダイニングに集まる。

話題はアンジュだ。警護の体勢とか、これからの事をメインにみんなで話し合っている。

話も一息つき、食後のデザートタイム。


「明日は終日出かけると思うから、昼と夜は俺のご飯は無しで」


 全員の動きが止まる。


「兄さん、明日は例の日ですね」


「あ、あぁ。薫とちょっと出かけてくる。くれぐれも誰もついてくるなよ。絶対だぞ?」


 ここで注意していないと絶対に後をつけてきそうだ。

折角の聖戦だ。万が一、聖戦に敗れるかもしれない。その時のダメージは相当なものだろう。

身内にそんなところを見られたら、最悪だ。


 

「純一様、今日の夜の勉強はお休みで。アンジュさんと打ち合わせをしたいので。明日の事もあるので早めにお休みください」


 レイに言われ、内心ほっとする。さすがに前日は休みたい。

マリアは食器を片づけながら洗い物を始めている。


「では純一様。お風呂がもうわいているので一番風呂を」


「おぅ。ささっと入って、ちゃちゃっと出てくるよ。じゃ、風呂行ってくるな」


「あ、お待ちください! アンジュさんもご一緒にどうぞ。お風呂中も警護したいのですが、男性同士であれば、安心できますよね」




 俺とアンジュの動きが止まった。


 俺とアンジュが一緒に風呂だと?

マリア。今日一番の爆弾はお前だ……。


 俺とアンジュは互いに目線を交差させ、この状況をどう切り抜けるか、互いに考え始める。


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