第49話 デパートで買い物

 楓は駅に一人向かって歩いている。

俺と薫は楓の背中を遠くに見ながら喫茶店を後にする。

楓は俺に連絡先が書かれた名刺を渡し、テンションが非常に高くなっていた。


――


「先輩、約束ですよ。絶対に連絡くださいよ。薫さんが証人ですからね」


 薫は俺の手を握り真っ直ぐに俺を見つめる。

その瞳に吸い込まれそうになりながら、俺も楓の瞳を見つめ続ける。


「あー、ゴホン! いつまで見つめ合っているのかしら?」


 薫が向かいの席で咳払いをする。

さっきからこっちをずっと見ているが、何やらそわそわしている。


「楓。俺は今携帯持ってない。手に入ったら連絡するから、それまで待ってろ」


 そんな話をしながら俺達は喫茶店を出る。

もちろん会計は女性陣が半額ずつ出す。俺っていったい……。


 喫茶店を出ると楓は軽く俺達に挨拶し、駅に向かって歩き始める。

その足取りは軽く、時折スキップをしている。よっぽどいい事があったようだ。


――


「はぁ、嵐が過ぎ去ったな……」


 俺は深くため息をつき、肩を落とす。


「純一。何を言っているの? 嵐はこれから来ると思うんだけど?」


 薫の一言で俺は気が付いた。

俺はとっさの一言でこっちから連絡すると言ったが、もしかしてまずったのかしら?


「薫。そこんとこ詳しく」


 俺の問いに薫はジト目で俺を見る。

大きなため息とともに、俺の顔の目の前まで近づいてくる。


「純一から連絡するって言ったでしょ? これはもう婚約一歩手前よ。男のあんたから連絡先を教えるって。楓ちゃんよっぽど嬉しかったんだね。あっさりと帰っていたわよ」


 そ、そうですか。一歩手前ですか。でもまだ婚約とかカレカノとかじゃないんだよね?


「そうか。まぁ、こっちから連絡しない限り特に進展はないだろ」


「連絡しない気?」


「気が向いたら連絡するよ。しないとは現時点では断言できないしな。さ、買い物して帰ろうぜ」


 俺は薫の手を取り、行く予定でったデパートへ向かう。




――ウィィィィン


 自動ドアが開き、店内に入る。


「じゃ、受付済ませましょ」


 へ? 受付? 店舗に入ったばっかりなのに受付ですか?


「えっと、良くわからないからお願いしてもいいか?」


「別にいいわよ。こっちよ」


 俺は薫に手を引っ張られながら受付に向かう。

着いた先は『総合受付カウンター』と看板に書かれたカウンター。

もちろん、全員がベッピンさんやー。しかし、カウンターにいる受付嬢全員に凝視されると怖いですね。


「男性一名。付添一名で発行お願いします」


 薫はそう言うと受付嬢がカードを二枚渡す。


「かしこまりました。二階フロアでよろしいでしょうか?」


「ええ」


 薫は発行されたカードを受け取り、カウンターを後にする。

エレベーターに二人で乗り、さっきうけとったカードの一枚を俺に渡す。


「二階が男性専用フロア。このカードが無いとフロアに入れないわ」


「これが無いと入れないのか。不便だな。薫は入れるんだろ?」


「私も付き添いとして入れるわ。まぁ、一般女性の不法侵入防止ってところね」


 あぁ、なるほど。誰でも入れたらあの病院と同じ感じになりそうだ。


――チーン


 二階に到着するとエレベーターの扉が開く。

パァァっと光が差し込む二階フロア。エレベーターを下りると、女性スタッフが五名ずつ左右に整列している。


「「いらっしゃいませ!」」


 息がぴったりとあった挨拶だ。

一番手前にいた女性スタッフが俺と薫をカードスキャナの所まで案内する。


「こちらにカードを」


 スタッフに言われ俺はカードを機械にかざす。


――ッピ!


「ご利用ありがとうございます。本日はどのような商品をお探しで?」


「えっと、服を少し……」


 そう言った瞬間、整列していた女性スタッフの何人かが小さくガッツポーズをしている所が遠目に見える。他のスタッフは肩を落としている。な、何なんだ?


「かしこまりました。それでは本日担当させていただくのは……」


 目の前のスタッフが腕を高々にあげ、指パッチンする。


「メンズ衣料担当 由梨絵(ゆりえ)! お客様をご案内して!」


 さっき整列していた女性スタッフのうち一名、ショートカットのスタッフがツカツカと俺の目の前まで歩いてくる。

そして、俺の目の前で片膝をつき、俺に話しかける。

ん? 彼女のシャツがなぜが少し乱れている気がする。なぜか第二ボタンまで空いている。うん、この際スルーしよう。


「ご指名ありがとうございます! メンズ衣料担当、由梨絵です。本日は最後までお付き合いさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


 そんな紹介を受けると、由梨絵さんは俺の腕をとり、がっちりと組んでくる。

そして、衣料コーナーと思われる方へ俺を引っ張っていく。

ふと薫の方に目を向けると、俺に向かって手を振っているのが見える。


「じゃぁ、しばらくしたら迎えに来るから―。適当に服選んでてね。私もちょっと買い物してくるから」


 え? 一緒に買い物するのではないの? この状況って、俺は安心して買い物して平気なの?

病院の件もあるし、結構不安なんですが……。


 スタッフの方に案内され、初めに着いたのは更衣室だった。

俺の鼓動が、少しだけ早くなったのを感じた……。

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