第50話 更衣室で密着


 目の前にはゴージャスなカーテンが取り付けられた更衣室。

スタッフの女性がカーテンを開け、中で片膝を立て俺を招き入れる。


「さぁ、お客様どうぞこちらに」


 中に入ると、思っていた更衣室とは大違い。

中は部屋のように広く、ソファーやテーブル、冷蔵庫までそろっている。

ここまで来ると更衣室というより部屋だな。


「えっと、スタッフさん……」


 女性スタッフへ話しかけるが、話の途中で腕を組まれ更衣室の奥に連れて行かれる。


「本日はご来店ありがとうございます。初めに何点かヒアリングがあります。そちらのソファーにおかけください。あ、私の事は由梨絵とお呼びください」


 由梨絵さんはそう話すと、俺をソファーに座らせ、冷蔵庫からドリンクを運んでくる。


「あ、ありがとうございます。えっと、俺はただ服が欲しかったんだけど……」


「かしこまりました。本日はどのような衣装をお探しでしょうか? 何着かご入り用ですか?」


 俺は由梨絵さんと欲しい服について話し合う。

今日は寝間着代わりのジャージと、普段着の服を上下セットで数点。

あと、下着や靴下など適当に何点か欲しい事を伝える。

特にデザインやブランドなど気にしないので、お手軽価格で着心地の良いものを依頼する。


「かしこまりました。それではこちらに」


 由梨絵さんに案内され、更衣室の奥の方に移動する。

目の前には大きな三面鏡があり、全身がサイドを含め、良く見えるようになっている。


「それでは一度サイズを計りますので、ジャケットとお荷物をこちらに」


 俺はいわれた通りにジャケットを脱ぎ手荷物をかごに入れる。

由梨絵さんがバンザーイをしてほしいと言うので、両手を高く上げる。


「で、では計測に入ります。終わるまで動かないでくださいね」


 由梨絵さんはバインダーを手元に、計測に入る。

首回り、肩幅、腕の長さ。そして、ウエストを計る時に違和感を感じた。

なぜか由梨絵さんは両膝を床に着き、俺の正面から計ろうとする。


「し、失礼します……」


 由梨絵さんの顔が俺のオヘソあたりに密着する。

同時に俺の股あたりにやわこい何かが当たっている感じがする。

え、そこまで密着しなくてもサイズ計れるのでは?


「ゆ、由梨絵さん?」


「だ、だめです。動かないでください。今、大切なところを計っています。もう少しで終わります。お待ちくだひゃい」


 由梨絵さんは薄らと汗をかきながら俺に密着し、息遣いを荒くしている。

しばらくそのまま計測される。




――密着する事、数分。まだ終わらない。


 腰回りを計測するだけなのに、なぜこんな時間が?

俺がジーット由梨絵さんを見下ろす。彼女も俺に見られていると気が付いたようだ。

なぜか由梨絵さんはうっとり顔になっている。


 その後、胸囲を計る時に、なぜか俺の脇をくんかくんかしていた気がするし、股下の長さを計ると言ったときも何故か太もも付近をサワサワしていた気がする。

全身隅々まで計測されたが、由梨絵さんは満足顔でほくほくしている。


「お、お待たせいたしました。お客様の計測が終わりましたので、ご要望の商品を何点かお持ちいたします。こちらの更衣室でお待ちくださいませ」


 由梨絵さんは若干内股になり、ゆっくりと更衣室を出ていく。

さっきまで息遣いが荒く、顔も赤かったが大丈夫だろうか。というか、この店はこれが普通なのか?


 ソファーに座り、出されたドリンクを飲みながら目の前にある雑誌を読む。

色々な雑貨や家電製品などが掲載されたランキング雑誌。

ペラペラめくって流し読みしたが、俺の元居た世界と同じ製品が多い。


 待つこと数分。由梨絵さんが山のように積み上がっている服をカートに乗せ更衣室に運んで着る。

これを全て買えと?


「お待たせいたしました。ご要望の商品をお持ちいたしました。サイズは全てお客様にあっておりますので、ご試着なしでご購入いただけます」


 俺は山のようになっている服を一点一点見ながら買う物と買わないものを仕分ける。

なかなかシンプルなデザインなものが多く、安心する。黄色のスーツもドクロ刺繍の革ジャンも無い。何点か選び、購入することを由梨絵さんに伝える。


「それでは、決済はカード一括で。自宅まで発送手配をかけますがよろしいでしょか? もちろん無料です」


 俺は問題無い事を伝え、自宅まで発送してもらう事にする。さすがに大袋を持ったまま帰るのはちょっと大変かも。服も買い終わり、更衣室から出る。


「どうもありがとうございました。大体欲しい服は由梨絵さんのおかげで買えました」


「そんな事はございません。ご購入いただき、ありがとうございます。他に何かご入り用なものは?」


 俺はちょっと欲しいものがある事を由梨絵さんに伝え、売り場を案内してもらう。

由梨絵さんに接客を受けながら商品を選ぶ。少し時間はかかったが、予定通りの物を手に入れることができた。

これは発送ではなく、自分で持ち帰る事を由梨絵さんに伝える。


 さて、買い物も終わったし薫を探すか……。




――


「遅い! いつまで待たせるのよ!」


 薫を探すためにフロアをうろついていたら後ろから知っている声が聞こえた。

振り返ると薫がこっちを見ている。

どうやらお互いに探し合い、同じフロアで同じ方向にグルグル回っていたようだ。

まぁ、よくある事だな。早く携帯を手に入れなければ……。


 お互い買い物も終わり、店を後にする。

由梨絵さんには次回もご指名下さいと何度も念を押されてしまった。

まぁ、買い物できれば俺は誰でもいいんですけどね。


「やっと買い物が終わったな」


「買ったものは発送したの?」


「あぁ。思ったより量が多くてな。無料っていうし、発送してもらった」


「はぁ……。きっとさっきの彼女に住所割れたわね。気をつけなさいよ」


 いやいや、そんな事したらストーカーだろう。

客の個人情報をそんな私用で使用したらいかんだろ。


「そ、そうなのか? 危険なのか?」


「あそこは大手の会社が運用しているから大丈夫だと思うけど、これからはいたるところで気を付けた方がいいわよ」


「き、気を付けます……」




 俺と薫はそれぞれリングをつけ、手を繋いで帰路に着く。

これは俺がまだノー彼女だという事をカモフラージュする為にしている行為だ。

薫から渡されたリング。でも、過去の俺が薫に渡したリング。嫌いではないが、何かもやもやする。

薫とは昔からこんな感じの付き合い方なのか? このままでいいのか?



「買い物も終わったし、純一の家に行くわよ」


 薫は俺の手を握り、走り出す。俺は引っ張られる。


 俺が、女の子と手を繋いでいる。

以前の俺だったら考えられない光景だ。


 そして、俺達は家に着いた。

長かったような、短かったような。


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