第48話 テーブルの下で
俺の目の前には薫と楓が並んで座っている。
薫は半泣きで涙をこらえている感じだったのが、今は黒のオーラを身にまとっている。
泣くのかオーラを出すのかはっきりしてほしい……。
楓は俺の記憶が無い事を話した途端、涙を流してしまった。
俺の記憶には無いが、過去に色々とあったのだろう。
「せ、先輩。本当に忘れてしまったのですか?」
「あぁ、こればっかりはどうしようもない。楓の隣にいる薫の事も俺は……」
楓は涙をぬぐい、薫の事を横目に俺の隣へと席を移動して来た。
体がぴったりくっついていますが? も、もう少し離れてもいいんですよ?
薫の鋭い目つきが楓に向かっている。オーラの矛先も俺ではなく楓に向かったようだ。
「先輩。楓と一緒に公園での事、覚えていませんか?」
若干上目使いで俺の方を見ながら楓は話しかけてくる。
「公園? 俺が楓と公園で何をしたんだ?」
「薫さんにもいい機会なので、ここで少しだけ先輩との思い出をお話ししますね」
楓はテーブルの下からこっそりと俺の手を握り始める。
おっふ、ちょ、薫に見つかったらきっと中身入りのコーヒーが飛んでくるぞ!
中は熱々ホット―コーヒー! この状況は見つかったらまずい!
俺は薫にばれないように平静を装う。
楓も薫に気がつかれないよう、上手く俺の手をにぎにぎしている。
女の子の手は小さくて、柔らかいな……。
「半年くらい前ですかね。先輩と公園で二人っきりになった時の事です」
そう話し始めた楓は、さっきまでの表情とは違い、顔つきが少し和らいでいる。
気のせいかもしれないが、少し顔が赤くなってる気がする。
「夕方の公園で、私がもうやめてって言っているのに、先輩が後ろからガンガンついてくるんですよ。でも、先輩は全然やめてくれなくて。結局私が最後に失神するまでやられちゃいましたね。でも……」
……な、なかなかすごい事を俺はしたんですね。
ふと、薫の方に目を向ける。あら、薫らしくない。顔が赤いですわよ。
若干もじもじしながら、こっちを見ている。
「そ、それで楓ちゃんはその後どうなったのかしら?」
楓は俺の方をジーッと見る。
「先輩、最後まで話してもいいですよね? この際だから薫さんに私達の関係を話してもいいですよね?」
俺の記憶にない話。黙っていてもきっと、全部ここで話してしまうつもりだろう。
俺はあきらめて、楓の方を見ながら小さくうなずく。
楓は話をしながら、俺の手を今でもにぎにぎしている。
そして何を血迷ったか俺の手を自分の太ももの内側に持ってくる。
俺は楓の太ももに手のひらを挟まれた。もちろん薫は気が付いていない。
か、楓さん? あなたはいったい何をしていらっしゃるのでしょうか?
で、でも太ももやわい。ふにふにしますね。そして温かいです。
すべすべの太ももは悪くない。むしろ正義と言えよう。
だがしかし! だがしかしだ! 楓は彼女じゃない! ましてや俺の記憶では「あ、初めまして」の少女。
そんな子の太ももを触って、良いわけがない!
俺は少し力を入れ、太ももから脱出を試みる。しかし、楓も力を入れてなかなか脱出ができない。
そんなこんなで、楓は両手で俺の手首を掴み、俺の手を自分の太ももの付け根まで移動させる。
楓は満面の笑みで俺を見る。俺は冷や汗をかきながら、薫に気が付けれていないのかドキドキしながら楓の話を聞く。
いや、聞いているが耳には入って来ない。自分の心臓の音で耳に入る音が全てかき消されている感じがする。
「……そんな訳でですね、先輩の持っている竹刀で私が逆に攻められて、結局負けっちゃったんですよ。私の提案したどっちかが先に落ちるまでなんてルールのせいで先輩には迷惑かけちゃいましたよ」
「楓ちゃん。純一とそんな勝負してたの? 公園で竹刀による勝負とか、結構危険だと思うんだけど……」
「まぁ、危険ですよね。でも先輩は私の提案したルールで勝負をしてくれますし、ちょっと厳しいルールだったら手を抜いてくれると思いまして……」
楓は俺の方を見ながらニヤニヤしている。
俺の手はまだ楓の太ももにはさまれている。楓は太ももに力を入れたり、緩めたり緩急つけてくる。
初めて触る女の子の太ももの感触。この子が彼女だったら触り放題……。
「か、楓。結局俺と楓の関係ってどんな関係なんだ?」
そう。それが肝心。今回の最重要ポイントです。
「へ? 楓と先輩はクラブ活動で先輩後輩的な関係でしたよ? 今は彼女候補ですけどね!」
「クラブ活動?」
あえて彼女後方のセリフには触れない。触れたらめんどそう。何より危険な気がする。
「そうです。楓と先輩は陶芸部のクラブメンバー。部員は先輩と私の二人しかいませんでしたけどね」
お、俺が陶芸! あのツボとか皿とか粘土で作る。そうだったのか! 俺は陶芸家を目指していたのか!
「純一が陶芸部の部長なのは知っていたけど、楓ちゃんがメンバーだったんだ。初耳ね」
楓はさらに俺に密着してくる。
腕にフニッとした感触が。手のひらは相変わらず太ももに挟まったまま。
そしげ、楓の手が俺の太ももに伸びてくる。そして、俺の太ももをサスサスし始めた。
ちょ、まずいって! そ、そんなところ刺激するな!
あ、ちょ、待て! 落ち着け! 俺は目線で楓に向かってやめろと訴えるが、聞いてもらえない。
ここぞとばかりにサスサスしてくる。
この席から逃げるのは不可能なポジション。かつ、薫に見つかったら大変なことになる。
何とか話を早く切り上げ、店から脱出した方が良いと判断しよう。
うん、そうしよう。
「先輩は入部に試験を設けていて、合格したのが私だけだったんですよ。あの試験ハードル高すぎですね。私も何度も自宅で自主練してやっと合格しましたし」
薫が『そんな試験していたのか。』と、アイコンタクトで俺に訴えてくる。
俺は『そんなこと知るか!』と訴えるも聞いてもらえず。
「試験の内容ってどんな内容なんだ?」
「試験の内容? 本当に記憶が無いんですね。 試験の内容は等身大フィギュアを塗装込で作る事。先輩が完成品を見て合否を出す形式ですね」
……俺ってそんな入部試験してたんだ。
それにしても等身大フィギュアって。
「あ、そ、そうなんだ。凄い試験の内容だね。うん。楓はそれに合格したんだね。すごいね」
何か棒読みになってしまった。
薫も肩の力が抜け、がっかりしているみたい。まぁ、そうだよね。そんな試験なんて聞いたこと無いよね。
「でも、先輩は褒めてくれましたよ。試験を受けたメンバーでは唯一私だけ合格しましたし」
ほう。なるほど。もしかしてこの世界の純一がこの子に固執したのはこの件が?
部屋にはいろいろと人形があったし、この子に何かを感じたから一緒に活動していたのか?
俺は太ももにも少しだけ神経を注ぎながら考える。
「でも先輩は部室に私と二人っきりなのに、何もしてこないんです! 私からアタックしたら何度も何度何度も断られて……。だから勝負を挑みました!」
なるほど、楓の話をまとめると、クラブ活動で二人っきりになっても何も起きないので、楓から行動開始したと。
でも、純一はモーションは受けることなく、そのかわり楓の勝負を受け、何度も対戦したが楓の全敗。
きっと純一はどんな勝負でも負ける気がしないから、勝ったら付きあうとか言ったんだろうな。
俺、負けちゃダメじゃん。
「よし分かった。楓、今度俺から連絡するから今日は一度お開きにしよう。すぐに」
楓は俺の太ももを休むことなく触り続けているので俺もそろそろまずい。
四四マグナムが起動準備に入ってしまう。早く脱出せねば。
「先輩が楓に連絡してくれるんですか! じゃぁ、これ私の番号です。絶対に連絡くださいよ!」
なぜかはしゃぐ楓。がっかりしている薫。
俺は何か変な事を言ったのか?
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