二
どちらかというと、初めて会った日に見た隙のない目つきをしていた。
「そんなところでなにをしている」
「……すいません」
「ここはゴルフ部の敷地内だ。部外者が勝手に入るな」
ものすごい迫力で怒鳴られてしまった。
俺は、ここにいたいきさつを、仕方なくマキさんに話した。
「──というわけでして。ほんと、すいません」
「全くもってくだらない。いいから早く帰れ」
マキさんはそう捨てゼリフを吐いたあと、俺に一瞥を投げ、バカにするように鼻を鳴らした。そして、さっきまで自分がいたところだろう、林の向こうに広がる芝生に立った。
黒澤の名前が出てきたことにも、マキさんは不愉快そうにしていた気がする。
それにしても、マキさんの背中は、けさの姿を打ち消すかのようにきりっとしている。ショットの瞬間から、打ったボールを目で追う仕草まで、なにもかもがカッコいい。
俺は冷たくあしらわれたのも忘れ、また歩き出したマキさんを追い、芝生へ足を踏み入れた。
「そんな汚い靴で入ってくるんじゃない!」
すかさず大声が飛んできた。
俺は立ち止まり、グリーン上の背中に「あかんべ」をしてやった。そのマキさんがタイミングよく振り返る。
俺は慌てて林の中へ引っ込んだ。
「それにしたって、もうちょっと優しく言ってくれてもいいんじゃね」
奥芝さんの前ではガキみたいだったのに。
ぶつぶつと独り言をまき散らし、俺はペンダントの捜索を再開させた。
そろそろ手で掘るのもキツい。爪の中まで泥だらけだ。指先は疲労で感覚がおかしくなっている。
俺はため息を吐くと、その場にあぐらをかいた。空を見上げる。
その視界に、マキさんの仏頂面が入ってきた。
内心で飛び上がるくらいびっくりした。
そんな俺の眼前に、今度はスコップが現れた。
「目障りなんだよ。早いとこ見つけて、さっさと家へ帰れ」
スコップを投げ、マキさんは背を向ける。けど、俺からすぐに離れることはなかった。
「あの、……」
「そんなに大事なものなのか。松からもらったペンダントってのは」
それにはなにも答えず、俺はスコップを取って、ありがとうございますと頭を下げた。
なんだかんだ、マキさんはいい人なんだ。ただ、ちょっと素直じゃないだけなんだ。
俺はそう思いながら次の場所へ移動した。
「きみは松のことが好きなのか?」
その言葉は不意にやってきた。
俺は立ち止まり、ゆっくりとマキさんへ振り返った。相変わらずのキツい眼差しがある。
俺が前にここにへ来たとき、マキさんは、練習場のほうへ帰る道すがら、鶴の一声を発して維新を呼び、まるで自分のものだと誇示するかのようにした。
俺はそれを思い出すと、負けじと視線をぶつけた。
マキさんの言う『好き』の意味合いが、たとえ違っても、下手にごまかすことなんてしないで、大きく頷いた。
「……否定しないんだな」
「本当のことだから」
「……」
「言わなきゃいけないときに言っておかないで、後悔することになったら絶対にいやだし」
木々が、突然ざわざわと騒ぎ出した。俺が目を上げると、重なりあう無数の葉っぱが風に揺れていた。
その音に混じって、マキさんの笑む声もあったような気がした。
「なにも聞かないんだな、きみは」
「え?」
「光洋のことや、生徒会長の件。なにか言ってくるだろうと思ったから」
「言ったほうがよかったですか?」
「……」
「俺を会長にする気はもともとなかったって、黒澤さんは言うし、もう用済みみたいだから、そのことは忘れることにしました。なんだかバカバカしいし。それに、光洋さんもマキさんも、自分たちがどうするべきかなんて、俺がわざわざ助言しなくてもわかりきっているでしょ」
風がやみ、周りがしんとなる。
マキさんも黙ったままだ。
とても生意気なことを、俺は言ったと思うから、頭の片隅ではマキさんのねちっこい説教を覚悟していた。それでも、強気な態度は崩さないようにと思った。
しかし、マキさんの口から出たのは、意外な言葉だった。
「ミケランジェロがお宝を隠しているのはここじゃない。もう一つ向こうの林の中だ」
「──は?」
俺は目を丸くした。パチパチとまばたきを繰り返す。
マキさんが予想外なことを言ったのもそうだけど、まず訊かなければならないことがある。
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