「だけど、光洋さんって、なんで会長がイヤになったんですかね。光洋さんさえ辞めなかったら、俺が風見館に呼ばれることも、マキさんを生徒会長にするために、こんな回りくどいことを──」


 そこまで言ってから、はっとなった。

 俺は、この一連の騒ぎは、『光洋さんが会長を辞めたから次はマキさんにしたい』ということで起きたと思っていた。

 しかし、その逆もあり得るのだ。

 マキさんを会長にしたいから、光洋さんはわざと椅子を降りた。そういう可能性もなくはない。

 むしろ、あの光洋さんなら、そっちのほうがしっくりくる。ただイヤになったからほっぽり出したなんて、あってほしくはなかった。


「もしかしたら、光洋さんはわざと……」


 あくまで希望的可能性の話だし、光洋さんがわざとそうする理由もわからないから、探りを入れるように尋ねてみた。

 ところが、奥芝さんは意外にあっさりと頷いた。


「さっきも言ったように、まーちゃんは、お兄さんに憧れてこの高校に入った。だから、まーちゃんの最大の目標は、生徒会長になることだった。クロから聞いたと思うけど、風見原の生徒会役員は指名制で選ばれる。去年、次の生徒会役員を決めるとなったとき、会長候補だと噂になったのは、まーちゃんだったんだ。まだ一年生だったけど、ここでの働きや、責任感の強さ、武道に長けているというすべてにおいて、まーちゃんしかいないと周りも思い込んでた。しかし──」

「実際は光洋さんだったんだ」

「うん。まーちゃんはものすごくショック受けてさ。しかも、会長に選ばれなかった理由が、病気だったから……」

「でも、喘息のハンデも気にならないくらい、補佐役のここで頑張ってたんでしょ? それに、風見館に入ったらこもるわけだから、外仕事の多いここより体によさそうだけど」

「まあ……」


 と、一旦は濁した奥芝さんが言うには、それまでの生徒会役員は、わりといろんな部から選出されていたらしい。しかし、今回ばかりは、ほとんどの人間が農業部から選ばれた。そうなると、農業部は人員不足となり、そのしわ寄せは生徒会へとやってくる。

 結果的に会長の仕事は増え、肉体的にも精神的にも、かなりハードになるらしいのだ。


「そういうことをいろいろ考慮して、まーちゃんの体も心配して、前会長はみっちゃんを選んだんだ。当然、まーちゃんは納得しない。いや、その場では納得したふうに言ってたけど、心の中は悔しさでいっぱいだったんだ」


 俺は、きょうの昼間にジョーさんが電話で怒鳴っていた言葉を巡らせた。

 後ろの食器棚が不自然に空いているのは、去年まで使っていた人たちがいたからで、その中にはたぶん、黒澤もいたんじゃないかと思う。

 なのに、マキさんと光洋さんの食器だけが残されている。


「会長になることを、最初はみっちゃんも渋ってたけど、前会長のどうしても攻撃に屈してしまって、とりあえずは承諾した。でも、やっぱり、まーちゃんを差し置いたことが重くのしかかってたんだ。これをきっかけに、まーちゃんから絶縁状態にされたことも心苦しかった。だから、とにかく早く仲直りがしたかった。みっちゃんには、こうするしか方法がなかったんだ」


 マキさんの曲がったへそが、それで戻るかといったら、またべつの話だと思う。

 平たく言ってしまえば、この騒動の発端はたかが兄弟ゲンカだ。

 学校で事実上一番の力を持っている人間が、おいそれと、しかも私事で辞めていいのだろうか。非難することなく協力的なジョーさんたちにも、俺は首を傾げたくなる。

 それだけ、みんなにとって、マキさんと光洋さんは大切な二人というわけなんだろうけど。

 俺はここに来たばかりだから、奥芝さんの説明だけじゃ、その気持ちはわかり切れない。

 でも……これだけは言える。

 マキさん、あんたは幸せ者だ。

 メンツはどうであれ、こんなにもみんなに思われているんだから。


「おいおい。なんだ。ずいぶん暗いな」


 ジョーさんが帰ってきた。

 もちろん電気は点いていて十分に明るい。思い思いに黙り込んでいた俺たちを「暗い」と言ったらしかった。

 シンクへ向かったジョーさんは、奥芝さんのとなりに立ち、手を洗い始めた。


「ジョー先輩。いま、みっちゃんたちのことを卓に話してました」


 とくに表情は変えず、ジョーさんは頷いた。


「そうか」

「あ、先輩。俺、メール打ってきます」

「おう。異常なかったって伝えてくれ」


 ジョーさんに頭を下げ、奥芝さんはキッチンを出ていった。

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