「相変わらず二人とも美人で、相変わらず強かった。俺も負けじといろいろやってたのに、二人にはかなわなかったな」


 光洋さんが腕っぷしの強いことは、俺もわかっている。それに助けられたし、目の当たりにもした。

 それがマキさんもだなんて、ちょっと意外な気がした。

 とはいえ、ジョーさんや黒澤が次の生徒会長にと推すぐらいだから、それもすぐに頷けた。

 ただ、俺の第一印象だと、マキさんはインテリっぽい感じがしていたから、ケンカとか武道とか、光洋さんよりは縁がなさそうに見えていた。


「さっきも言ったように、みっちゃんとまーちゃんはソーセージ。性格は違えど、二人の関係も、あのときとはなに一つ変わってないように俺は思っていた。……でも」


 奥芝さんの声が徐々に落ちていく。大きく息を吐くと、視線を下にやって、茶色に染めた長い髪を撫で上げた。


「まーちゃんは、中学に入ってすぐぜんそくを患った。それまでなに一つ違わなかった二人に、大きな差ができた。まーちゃんは、自分のほうがお兄ちゃんなんだから、つねにみっちゃんより上にいなきゃいけないって、頑張っていた。そして、それがまーちゃんのプライドだった。なのに、ぜんそくを患ってからは、みっちゃんに頼らざるを得ない状況ができてしまった。歯がゆい思いもしたと思う。俺と再会したときは、そのことも病気のことも、悲観してる感じには見受けられなかったけど、まーちゃんは、なんでもないように振る舞ってただけなんだ。俺が体の心配をするたび、まーちゃんは大丈夫だと笑っていたけど、きっと、プライドはズタズタだったんだ」


 しんみりとした空気が漂う。

 なんて言っていいかわからず、俺は正面に目をやった。維新は腕を組み、じっと耳を傾けている。


「みっちゃんとまーちゃんは、お兄さんの影響でここに入ったんだ。そのお兄さんは、それはそれは立派な人で、生徒会長も務めた。そのときの生徒会メンバーは、いまでも語り継がれるほど素晴らしいチームだった。まーちゃんはそれに憧れて、ここに入ったんだ。みっちゃんも、まーちゃんが風見原に入るなら……って。そんな二人のあとを俺は追ってきた。農業部にも」


 最後のほうはどこかで聞いたような話で、俺と維新は、お互いの顔を見合せていた。

 それにしても、農業部にまで追いかけてくるなんて、奥芝さんも案外、畑仕事には抵抗ないんだ。

 俺がそう言うと、奥芝さんは目を丸くしながら笑っていた。


「べつに、俺もみっちゃんも、農業がしたくてここに入ったわけじゃないよ」

「え?」


 話が見えなくて、俺は維新に助けを求めた。


「どういうこと?」

「ここはたしかに農業部だけど、それは名ばかりで、実際に農業をしているわけじゃない」

「でも、農作業を主な活動としてるって、ジョーさんが……」

「先輩は土いじりが好きだからね。近くに畑もあるし、それならついでにって感じなんじゃないかな。本当のところ、ここは、生徒会の補佐役を担ってるんだ」


 と、奥芝さんが言った。


「補佐役ぅ? じゃあ、そこの田んぼは? 畑だって、広くて立派なのに」

「畑は一般の人に貸してるもので、田んぼは、一、二年のクラスで一反ずつ持って、クラスにいる農業委員が管理してるんだよ」


 そう言ったあと、奥芝さんは俺を見て微笑った。


「ほんとに、卓はなにも知らないんだな。理事長の孫なのに」

「……はあ」

「あの田んぼはね、春にクラスのみんなで田植えして、秋にまたみんなで収穫するんだよ」


 その収穫のときを想像して、俺はげっそりした。

 生徒に稲刈りさせるのに、文明の利器なんか使うはずもないから、絶対に鎌で刈ることになるんだ。考えただけで、腰が痛くなってきそうだ。

 じいちゃんには悪いけど、なにかと面倒くさい学校だと思った。


「ところで、生徒会の補佐役って、一体なにを?」

「学園内の見回りがほとんどかな。あとは、生徒会が忙しいときに、代わりに外仕事したり」

「外仕事?」

「他の部の様子見や、喧嘩の仲裁、さまざまな問題解決ね。でも、最終的な処分の決定は、生徒会長の一存なんだ」


 だから、会長のいないいまが、自分たちのパラダイスだと、角たちは思っているわけなんだ。

 規則違反を犯したとしても、罰を決める人がいないから、結果、連中のやりたい放題になる。

 もしかしたら、角の言うこの無秩序状態は、前代未聞のことで、黒澤たちも泡を食っているのではないか。

 早く会長を決めなきゃいけないのに、それが思うようにいかない。だから、こんな空白の時間ができてしまっている。

 黒澤を、少しだけ気の毒に思った。でも、俺はやっぱり、生徒会長にはなりたくない。

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