幼なじみ
一
「そういえば、マキさんと光洋さんて……」
俺と維新は向かい合って食卓についた。
テーブルの中央には、ジョーさんの言っていた夜食がある。おにぎりがいくつかと、急須に茶筒、湯のみが四つと、ポットが置いてあった。
「この食器棚に、なぜか名前があるんだよ。もしかして、ここの部員だったってことかな」
慣れた手つきで、維新がお茶を淹れてくれた。
「ほら、卓」
「うん。ありがとう」
とりあえずお茶をすする。やっぱり食欲はないから、おにぎりには手がいかなかった。
維新も同じみたいで、お茶をふうふうしていた。
「まあ、あの市川さんたちだからな。ここに入るのが自然だったんじゃないかな」
「自然……」
「それか、自分たちにはここしかないと、最初から決めていたか」
「けどさ、マキさんはいま、ゴルフ部で部長してんじゃん。高校に来てまで農業するほど畑仕事が好きなら、なんで辞めちゃったんだよ」
べつに、マキさんを非難して言ったわけじゃなかった。ただ素朴な疑問を、口にしただけだった。それなのに、維新はにわかに表情を曇らせ、湯呑みを食卓に置いた。
じっと俺を見ている。
「なんだよ? 俺、そんなヒドい言い方してないだろ? マキさんは、維新にとって大事なセンパイだろうけど」
「もしかして、卓」
「あ?」
「ここは本当に農業部だと……」
そこへ、どしどしと大きな足音がして、奥芝さんがやってきた。
「おう、松。……卓!」
俺にも気づいた奥芝さんは、わかりやすく安堵の表情を浮かべて、こちらに歩み寄った。
しかし、おにぎりを見つけると、俺たちはそっちのけで、あっという間に一つをたいらげた。早くも二つめを手にする。
俺と維新は、きっと同じ思いで奥芝さんを見ていたに違いない。
タフすぎる……。
奥芝さんだって、俺や光洋さんと同じ場にいて、肝を冷やしたに違いないのに。
「卓はもう大丈夫? ほら、先輩の作ったおにぎりは天下一品だよ。遠慮しないで食べて。ああー、食欲なんてないか。松は、その口じゃあ、傷口に塩塗るようなもんだしな」
奥芝さんはとうとう三つめをくわえ、自分の湯呑みにお茶を淹れ始めた。
俺は気を取り直して、奥芝さんに声をかけた。とにもかくにも、訊きたいことがたくさんあるんだ。
「みっちゃんのこと? 卓が知りたいのは」
「え?」
「なぜ、生徒会長であるはずのみっちゃんが黒のバッジをつけ、あんな格好をしてたのかって訊きたいんでしょ」
さすが奥芝さん。ど真ん中をついてきた。
三つめのおにぎりも食べ終えると、奥芝さんはじつにあっけらかんとして続けた。
「みっちゃんが黒のバッジをつけてるのは、それが示す通りのことをしたから。生徒会長でいることがイヤになって、風見館を飛び出した。それから、三日も仕事をボイコットして……。結果、会長職はクビになって、メイドとして風見館の掃除係をするハメになった」
しかし、俺が聞いたところによれば、光洋さんは自らの意志でああいう格好になったと──。
でも、言ったのは黒澤だから、いまとなったら信用ならない。
「ちなみに、なぜメイドかは、みっちゃんに一番似合うんじゃないかと思って、俺がリクエストしたもんなんだ」
満面の笑みになった奥芝さんは、固まっている俺たちに構わず、シンクのほうへ移動した。
俺は、維新とまた顔を見合わせた。
べつに、稀代の変態ヤローが、本当は奥芝さんだったってことはどうでもいい。
光洋さんがああいう格好をせざるを得なかったのは、もっとちゃんとした事情があったんじゃないか。風見館を飛び出すことになったいきさつも……。
「でも、光洋さんは、学校で一番力のあるという生徒会長だったんですよね? そんな重役を、どうして投げたのか知らないけど、カラスとのこともあったわけだから、そんな、ただ奥芝さんがリクエストしたからって」
「まあ、他に理由があるとしたら、卓を混乱させないためかな。みっちゃんとまーちゃんて、ソーセージなだけあってそっくりなんだろ? 俺にとっちゃあ、見分けがつかないなんてあり得ないことだけど」
奥芝さんはしたり顔になった。
「じつは、俺とみっちゃんとまーちゃんは幼なじみなんだ」
「え?」
「でも、向こうは私立の全寮制中学に通っていたから、ここで久しぶりの再会を果たしたわけなんだけども」
俺はちらりと維新を見た。とくに驚いている様子はないから、奥芝さんたちが幼なじみというのは、知っていたのかもしれない。
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