所属する部の部長であるマキさんが絡んでいるのだから、ある程度のことは知っているのかもしれない。

 それに、維新は風見館を訪ねている。


「維新。俺も、どうしても訊きたいことがあるんだ」


 俺は拳を作った。


「お前、きょう風見館に行ってただろ?」

「え?」

「俺、見たんだよ。風見館のほうからお前が走ってくんの!」


 思わず力がこもって、声が大きくなってしまった。

 一体、黒澤となにがあったんだ。なんの話したんだ。人には言えないようなこと、されたんじゃねえの。

 そんな心配が頭の中をぐるぐる回る。

 その維新は、ぽかんと口を開け、ただ俺を見下ろしていた。腕を組んで、納得のいかない様相で首をひねる。

 その顔に、少しの動揺も見られないのが嬉しいけど、俺は拍子抜けしていた。

 風見館には行ってなかったのかもと、自分の早とちりも疑ってみた。


「というか、卓。俺が風見館に行ったからって、なんでお前がそんなに息巻くんだ」

「え?」

「風見館に呼ばれていたことをどうして話してくれなかったんだって、怒りたいのはこっちのほうなのに」


 維新はそれから、大和の授業中に迷った森で、俺が光洋さんの名前を出したことに触れた。

 維新とメイジも、自分の知っているミツヒロと、俺が口にしたミツヒロが同じかどうかを疑ったらしい。

 もし、俺の言うミツヒロが、自分たちの知っているミツヒロなら、風見館へ確認に行く必要があった。

 もしかしたら、マキさん同様、生徒会長の件を訪ねられているんじゃないか。維新とメイジはそう心配してくれて、風見館へ行くことにしたらしい。


「じゃあ、維新は、俺のことで風見館へ行ったの? 黒澤に会いに行ったわけじゃなくて……」

「ああ。というか、俺がなんで黒澤さんに会いに、風見館へ行かなきゃならないんだ」


 それは、たしかにごもっともなんだけど、ごもっともでもない。

 ひとまず、黒澤の恋が一方通行であることに胸を撫で下ろした。


「それにしても、やっぱマキさんも、風見館に入れって、黒澤に言われてたんだな。ジョーさんは、そのマキさんが生徒会長だってウソ言ってたけど」

「……」


 維新が思案顔になった。


「維新?」

「それは、たぶん嘘じゃなくて、市川会長が生徒会長の椅子を降りた時点で、その後釜は、市川さんしかいないというのを言いたかったんだと思う。黒澤さんも、次の会長は市川さんしかいないと決めてたふしがある。しかし、なかなか市川さんがうんと言ってくれないから、とりあえずの埋め合わせに、卓に声をかけたんじゃないかな。それか、卓が断ると踏んで、そこをつけば、生徒会長を説得しに行くんじゃないかと計算していたか。なら、生徒会長を市川さんだと言っておこうってなったんだと思う」


 あくまで俺の推測だけど。と、維新はつけ加えたけれど、あながち間違っていない気がする。

 俺はいいように利用されていたんだ。

 ふつふつと悔しさが沸き上がってきて、俺は舌打ちをした。

 自分の役目を遂行するためなら手段を選ばない、嫌なやつ。角たちもとんでもないけど、ある意味、黒澤のほうが質が悪い。

 下唇を噛んだところで、あの疑念がまた首をもたげてきた。

 そんな策士ともいえる黒澤が、維新が風見館へ行ったとき、ただおハナシをしただけと、安心していていいのだろうか。

 もちろん、維新を信じてはいるけれど、一癖も二癖もあるあの笑みが焼きついて離れない。


「なあ、維新。俺の見間違えならいいんだけど、お前、風見館から出てくるとき、すごい顔して走ってきたじゃん? それって……」

「すごい顔?」

「うん。なんつうか、いやなこと言われたか、されたかして……こう、悔しかったみたいな」


 すると、維新の目がにわかに見開いた。

 ──やっぱり。風見館でなにかがあったんだ。

 思わず維新のシャツを掴んで、俺は詰め寄った。


「黒澤と……なにかあったのか?」


 維新の返答によっては、いますぐ風見館へ乗り込んで、あの顔面に怒りの鉄拳をお見舞いしてやる。

 よくも俺の維新に!

 俺はまだなにもしてないのに!


「維新ってば。……黙ってないで、なんとか言えよ」

「だって、こんなことをお前に言っていいのか。言ったら怒られそうなんだけど──」

「なんだよ。早く言えって!」


 俺は噛みつく勢いで、その先を急き立てた。

 なのに維新は、やけに落ち着いていて、俺を宥めてさえいる。

 なんだか悲しくなってきた。


「維新てば!」

「まだなにも言ってないんだから、そう興奮するなよ」


 優しく肩を撫でられ、維新のシャツを離した。顔を俯けると、不覚にも涙が出てきそうだった。


「黒澤さんが言うには、巻さんが卓を口説いてるって」

「……へ?」


 あまりに意想外な言葉に、俺は畳に視線をやったまま、しばらく固まっていた。

 涙も一気に引いていく。


「さすがにそれは頭に血がのぼって……。あの人、男も女も関係なく、気に入ったらすぐに手を出すって噂があるから」

「そういえば、たしかにジョーさんに口説かれた。俺」


 農業部に来ないかって。

 それを言う前に、ものすごい力の維新に肩を掴まれた。


「いてえって。維新っ」

「ああ? たしかに口説かれた?」

「農業部に来ないかって口説かれたんだよ。つうか、声がデカいっ」


 維新はため息混じりになにかを呟いたあと、まっすぐに俺を見た。

 なんか。めちゃくちゃ恐いんですけど。


「卓」

「な、なに?」

「この際だから、はっきりさせておきたいことがある」

「……だから。なにを」


 俺を捉えて離さない、まっすぐな視線。吸い込まれるようにそこへと見入っていた俺は、どきんと胸を轟かせた。

 維新の言うはっきりさせたいことがなにかはわらないけど、なんとなくわかる気もする。


「維新──」

「卓、俺……」


 維新が俺の肩に手を置いたとき、だれかが障子戸を叩いた。

 びっくりした俺たちは、飛び退く勢いで、部屋の隅と隅に別れた。


「松、卓。キッチンに夜食を置いたから、腹が減ったときにでも食え。それと、俺は少し出かけてくる。けど、いいか松。くれぐれも──」


 ジョーさんの言葉を遮るように、障子戸にぶつかりながら、維新が部屋を飛び出た。慌てふためいているジョーさんの低い声が遠くなる。

 ほどなくして廊下は静かになった。

 俺が障子戸から顔を出すと、肩で息をしている維新の後ろ姿が見えた。




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