「……注意?」


 と首を傾げた俺を見て、維新は大げさにうなだれた。さらには頭を抱えている。


「え、なに? 意味わかんないよ。メイジ、助けて」

「いやあさ。もしものときを考えて、今朝、この森のことを説明したのに、聞いてなかったんだなと維新は言いたいんだと、俺は思うぜ」


 俺は、あっと口を開けた。

 そういえば、どっかの森がどうのこうのって話を維新がしていたような気がする。

 しかし俺は、きょうの放課後こそイチカワマサノリさんに会って、生徒会長の椅子に戻ってくれるよう話をしようと、その段取りを練るのに一生懸命だったんだ。

 まずは、きちんとしたマサノリさんの特徴を奥芝さんに聞く。そのあとのことはそれから考えようとなったんだ。


「ははーん。さては卓」


 すると、片方の眉を上げ、含みのある視線をメイジが送ってきた。


「……な、なんだよ」

「大好きな維新の言葉も耳に入らないくらい、なにかに気を取られてたな」

「だ……ってバカ! 俺はべつに……」


 維新と目が合い、思わず口をつぐんでしまった。

 変な沈黙が流れそうだったけど、メイジの鋭い叫びがそれを掻き消した。

 俺も維新も、突然の大声に首をすぼめた。


「もう、なんなんだよ」

「こんなところでのんびりしてる場合じゃない。急がねえと、もうすぐで授業が終わる」

「あ……やべー」

「行くぞ」


 維新とメイジが先に走り出し、そのあとに続こうとした俺だったが、ミツヒロさんのことを思い出して足を止めた。

 しかし、あの姿はもうない。


「卓、どうした?」


 なかなか来ない俺を心配して、維新とメイジが戻ってきた。

 俺は歩きながら、ミツヒロさんの名前を口にした。この樹海からも去っていったんだとわかっていたけど、辺りをキョロキョロと窺ってみる。

 やはり、俺たち以外の人の気配は感じられなかった。


「ミツヒロ……?」


 立ち止まったままのメイジを追い越そうとしたとき、いきなり腕を掴まれた。

 あまりのバカ力に、「いってえ」と、悲鳴に近い声が出た。メイジが慌てて腕を放す。

 俺に謝りながらもメイジは、維新と意味深なアイコンタクトを交わしていた。


「ていうか、二人ともミツヒロさんのこと知ってんの?」


 知っていても不思議じゃないけど、俺の知ってるミツヒロさんと、二人の知ってるミツヒロさんは違うのかもしれない。

 明らかに、いつもと違う雰囲気が二人からは感じる。

 たとえるなら、大食堂での、あのお通夜みたいな雰囲気。俺に対して、なにかしらの壁をこしらえている。

 なんで、こんな感じにいまなるんだろう?

 俺の知ってるミツヒロさんは、黒のバッジで、あんな格好してて、たしかに絶句に値する変な人だ。

 でも──。

 重い沈黙がまだ尾を引いている。追い討ちをかけるようにひときわ強く風が吹いた。

 俺は堪らなくなって、次の言葉を発しようとしたが、辺りにチャイムが鳴り響いた。

 俺は、さっきとは違う意味で立ち尽くした。

 完全に俺のせいで、維新とメイジは無断欠席になってしまったんだ……。

 気にするなと、二人は笑ってくれたけど、その放課後、俺は特別講師の先生に呼び出され、たっぷりと絞られるハメになったのだ。



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