三
やっぱりないがしろにされてんのかなと思ってしまう。きのうはああいうふうに言ってくれたけど、ここでしっかりとやっていくには結局、人のことなんて気にしていられないのかもしれない。
俺は、ワイシャツの上からあのペンダントを握った。反対の手で草を掴む。
その二の腕を、ミツヒロさんに取られた。
「中野、そろそろここを出るぞ。ほら、立て」
「ん……」
ミツヒロさんに促されるまま、俺はゆっくりと立ち上がった。ズボンについた汚れを払う。
ふとミツヒロさんに目をやると、腰からぶら下げてあるシルバーのアクセサリーを見ていた。
どうやら時計らしい。
「もう少しで授業の半分がすぎる。急げば、無断欠席はまぬかれんだろ」
風見原では、授業終了の二十分前までに教室へ入れば、まだ遅刻とみなされる。それが無断欠席ともなると、のちのち面倒な影響が出てくるんだ。
「急ごう」
「でも、待って」
「あ?」
「こんな広いところ、不用意に動いてますます迷ったら……」
ミツヒロさんがため息を吐いた。
問答無用と言わんばかりに俺の腕を引っ張った。
辺りを窺うようにときおりミツヒロさんは振り返っている。
「もしかしてお前、方向オンチか?」
「……じゃないとは思ってるんですけど」
「だったら、なんでこんなわかりやすい道をそれるんだ」
着いたのは、コンクリートでできてある一本の道。二人くらいしか肩を並べられないほど細く、先がうねってはいるけれど、ちゃんとした道だ。
それぞれの特別教室へと案内する立て札も刺さっている。
「……」
「相当な方向オンチでない限り、この道から外れるなんてことあり得ないんだけどな」
言われてみると、この樹海へ足を踏み入れたときはこういう道を歩いていた気がする。
だけど、ミツヒロさんが指摘するように、その道からいつ外れたのかは覚えてない。維新とメイジに置いていかれたのがショックだったのと、授業に遅れちゃいけないと焦っていたことしか記憶にない。
特別教室が点在しているだろう道の奥へと視線をやっていたら、だれかの叫び声が聞こえた。
さっきのヤツらがまた来たのかと身構えたけど、声が近づくにつれ、俺はそっちのほうへと駆け出した。
うねる道の向こうから二つの影が現れた。
「維新! メイジ!」
走りながらだったから声が裏返った。
二人は俺に気づくと、すぐに足を速めた。
「卓!」
維新の顔が怖いくらいに強張っている。手の届く範囲に俺が入るや、この腕を引っ張り、ぎゅっと抱きしめてきた。
まるで、あの空港でのときを再現したかのようなシチュエーション。
どきどきした。
だけど、苦笑いでいるメイジを見つけて、慌てて維新のワイシャツを掴んだ。
「もう離れろってば」
「見つかってよかった……」
「まさかとは思ってたけど、マジでこの森にいたなんてな。まあ、とにかく無事でよかった」
そう言って俺の頭を撫でたメイジも、ようやく体を離した維新も、まだ息が整っていない。額にはうっすら汗も。
「もしかして、二人とも俺を捜してくれてた……?」
当たり前だろと、維新とメイジが同時に頷いた。
そんな二人へ交互に目をやり、俺は口を歪ませた。
よかった……。ないがしろにされてなかったみたい。
「それにしてもさ、なんで教えてくれなかったんだよ。茶道室へ行くのに桜舎から行っちゃ危ないんだって。ていうかていうか。なんで俺のこと置いてったんだよ」
最後は握りこぶしを作って言った。そもそも、二人がきちんと一緒に行ってくれてたら、こんな事態にはならなかった。
維新とメイジは、俺の言葉を聞いたあと、目を見合わせていた。
それから維新は腕を組むと首をひねり、メイジはあごを撫でながら、やっぱり首をひねっていた。
「なに? 俺、なんかヘンなこと言った?」
「いや──」
「たしかに、卓を置いていったのは俺たちが悪い。それは謝る。先に行ったんだとばかり思っていたから」
そのメイジの言い分は納得できた。俺も、トイレへ行くとき、断って出たわけじゃなかったから。
けど、歯切れの悪さを見せた維新には引っかかった。下から維新の顔を覗いてみる。
「なんだよ。言いたいことあるなら、ちゃんと言えって」
「……」
「維新?」
「卓、俺たちは事前に注意しておいたはずだ」
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