五
オレンジの西日が強くなる一方のログハウスを、ヒグラシの鳴き声が包んでいく。
すべての作業を終えて外に出たときには、木々の影はだいぶ伸びていた。もうすぐ太陽が沈む。
「こんな時間まで悪かったな」
「ゴルフじゃなくても、維新と一緒になにかやれたから俺は満足だよ」
ログハウスの入り口に鍵をかける維新へ向かい、俺はにかっと笑った。
「でも、今度はゴルフしてるとこ見たいな」
「卓」
先に道路へ踏み出した俺の手首を維新が掴んだ。
車でも来るのかと思って身を引いたけど、目の前の道路は静かだった。
「維新?」
その様相が徐々に変わる。
俺の手を放すと、維新はなにか言いたげに眉間のしわを増やした。
すると、さっきまでうるさいぐらいに鳴いていたヒグラシが一斉にやんだ。
維新もその異変に気づいたらしく、近くの林へ目を向けた。
少しずつ賑やかさを取り戻していくヒグラシ。その中からなにか違うものを聞き分けようと維新が集中していることに、俺は気づいた。
「──維新?」
少し怖くなってきた。
なのに、維新はなにも言わず、さっさと歩き始めた。
「ちょっと待てって」
「もうすぐ日が暮れるから早く帰ろう」
「いやいや。いまの間、なに? まさかクマが出るわけじゃないよな?」
維新がわざとらしく視線を外した。
「……出んの?」
「熊は、出ない」
改めて、辺りを見回した。
景色は山の中そのものだけど、あくまでここは学校の敷地だ。やっぱりクマはないと思う。
それでも維新の言い方がちょっと引っかかった。
「おーい!」
ゆるいカーブを左へ曲がり、ゴルフ部の建物が見えてきたところで、前から奥芝さんがやってきた。カブを走らせながらにこやかに手を振っている。
俺は奥芝さんの名前を叫んだ。
ヘルメットのアジャスターと、長い髪をなびかせてくる奥芝さんは、さわやかな笑顔全開だ。
俺は上げかけた手をおろした。
俺が生徒会長を探していることを奥芝さんは知っている。もし、いま余計なことを言われたら──。
そう維新の表情を盗み見しようとしたとき、その顔がこっちを向いた。目が合う。
奥芝さんのカブが俺たちの前で止まった。
「なあ、松。ミケ、見なかった?」
てっきり俺に用があって来たのかと思っていたけど、違ったみたいだ。ちょっとだけ胸を撫で下ろす。
一方の維新はだんまりの一辺倒で、いつまでたっても返事をしない。後ろの道路へ向けていた顔を奥芝さんへと直した。
「たぶん……」
「またお宝でも埋めに行ったか」
「けど、はっきりと見たわけじゃないんで──」
「いいよ。俺が行ってたしかめてくるから」
奥芝さんは俺にも手を振って、アクセルをひねった。俺たちが来た道をゆっくりとさかのぼっていく。
「それにしても卓、奥芝さんといつ知り合ったんだ」
「いつって……きのう?」
「もしかして農業部に……。まさか、あの人にも会ったのか?」
「あの人?」
「巻さんだ」
俺は素直に頷いた。
その途端、珍しく維新が激しい動揺を見せた。せわしなく目玉を動かしたり、空を仰いだり、地面を俯したり。
「維新?」
「頼むから、あそこにはもう行くな」
俺はとっさに口を尖らせると、肩に触れようとした維新を振り払った。
呆れるようにため息を吐かれたことにも、なんだか腹が立った。
「なんで? 俺がどこでなにしようと、俺の勝手だろ」
「それはそうだけど……。とにかく、あそこだけはやめてほしい」
「だから、なんで?」
俺だって、あの人たちとはあまり関わりたくないと思っている。
奥芝さんは結構いい人だけど、ジョーさんはヘンな人だし。だから、維新の言いたいこともなんとなくわかる。
でも、俺としては、行くなと言うしっかりとした理由を維新の口から聞きたかったんだ。
「そもそも、農業部に足を踏み入れるはめになったのって、維新が、食堂で俺を置いてきぼりにしたからなんだぞ。きのう、ひとりでゴルフ部に向かっていたら、途中で農業部ってところに迷い込んで、それで──」
「松!」
後ろから鋭い声が飛んできた。
いち早く、それがだれの声かに気づいた維新は、ごめんとだけ残して、俺のとなりを去っていった。
「維新……」
認めたくはないけれど、認めないわけにはいかない。維新には、親友の俺との会話より優先するものがあるということを。
そして、それがどんなもので、どんな人でどんなことなのかを。
維新が駆けていった先には、やっぱりあのマキさんがいる。さっきとは打って変わり穏やかな表情で、自分の元へと走り寄る後輩を迎え入れている。
ねぎらうように維新の肩を叩き、マキさんは、ゆっくりとこっちへ視線を向けた。
そのまなざしが明らかに変わる。
鋭い目つきで俺を見たかと思うと、最後には、馬鹿にするように冷たく笑った。
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