四
たしかに、きょうの維新は、輪をかけて無愛想だった。メイジも機嫌が悪そうで、ちょっと怖かった。
けど、こうして俺のことをちゃんと考えてくれてたんだ。それは水に流すことにする。
「大丈夫だよ。わかってるからさ」
「マキさんのこともね」と、心の中でつけ足す。
メイジは、不思議そうにしていたけど、すぐに口の端を上げていつもの笑みを見せてくれた。そうしてできる頬のくぼみが、メイジのチャームポイントなのだ。
「維新に会いに来たんだろ。ホールは覗いてみたか?」
「ホール?」
「ああ。その道を上がって、右に行ったところだ」
メイジの指さす先は、木々が邪魔していて、ここからはよく見えなかった。
学校の敷地の端っこで、加えて山に近いゴルフ部はとくに緑が多い。
「メイジもそこに行くの?」
「いや。俺はきょう食事当番だから」
そういえば夕食は、各部で自炊するんだったっけ。
縦社会が厳しいと奥芝さんも言っていたし、きっと一年が交代でやらされてるんだろう。
俺はメイジと別れ、ホールを覗いてみることにした。
きょうのところは、もう市川サンのことは諦め、維新の英姿をこっそり眺めてから帰ろうと思った。
そうして歩き始めたものの、やっぱりチャリでくればよかったと、途中で後悔した。
メイジの言った右に曲がるところまではすぐだった。それからが長い。山道みたく細い道路をてくてくと進む。
やがて、木々に隠れるようにして建つログハウスが、右手に見えてきた。
住むほどの大きさはない。ちょっとした休憩所って感じだ。
「卓?」
窓を見つけ、そこへと駆け寄ろうとしたら、背後から声がした。
あっさり維新に見つかってしまった。
これじゃあ、こっそりじゃなくてうっかりだ。
維新の誘いを断っておいてちゃっかり来ちゃってる事実に、俺は振り返ってすぐ、言い訳しようと口を開けた。けど、視界に入ってきたその姿はいままでゴルフをしていたふうには見えず、一瞬で言葉を忘れた。
ボールでいっぱいのバケツ。維新はそれを両手に二つずつ持っていた。
泥でところどころ汚れたジャージを着て、右肩だけで大きなカバンを担いでいる。でも、あのカバンにはおそらくクラブは入ってない。サイドにちりとりがぶら下がっている。
「……ゴルフ?」
「まあ、一年のうちはどの部もこんなもんだよ」
俺が感じた疑問をいち早く悟ったらしい維新は、苦笑しながらログハウスのドアを開けた。
広めに作られた玄関にカバンをおろす。
なんとも殺風景な室内だ。壁際にはロッカーがずらりと並んで、唯一ある窓の前には流し台しかない。
「せっかく来てくれたんだし、ゴルフをしているところを見せたかったんだけどな」
呟くように言うと、維新は、流し台にバケツを乗せてボールを洗い始めた。
嬉しいことに、その流し台にはもう一つカランがあった。
俺は靴を脱ぐと、維新のとなりに立って、同じようにボールを取った。
「卓」
「手伝うよ」
「でも──」
それ以上、維新はなにも言わなかった。
俺もしばらく無言で、ゴルフボールを洗い続けた。
「それにしてもすごい量。ゴルフに詳しくないからあれなんだけど、ホールで打つときって、一個のボールを使ってくんじゃねえの? それなのに、ダメなボールがこんなに出るんだ」
「一般のコースならそうだけど、あくまでここは練習場だから。打ちっぱなしになるときもあるんだ。池も、池越えのショットの練習に使われるから、こういうロストボールは結構出るんだよ」
一つを洗い終え、新たに手にしたものを俺はじっと見つめた。維新たちは、池に落ちたボールも一つ一つ拾わなきゃなのか。
「……池に入って拾うの?」
「まさか」
「だよな」
「網ですくうんだ」
それでもかなり大変だと思う。
俺はかすかに唸った。
勝手に、他の運動部に比べたら、ゴルフ部ははずっと楽だろうと思っていた。なんていうか。体は動かすんだけど、文化部に近しいような。吹奏楽部に似たカテゴリーを描いていた。
でも、運動部はやっぱり運動部なんだ。
「ラスト一個!」
高々にその一つを掲げた俺だったが、次に維新が手にしてきたものを見て、小さく悲鳴を上げた。
そりゃあ、食器だって洗ったあとは拭かなきゃだけどさ……。
「マジか」
「でも、これ以上つき合ってもらうのも悪いから、卓はそろそろ……」
「大丈夫」
俺は胸を叩いてから、近くにあったタオルを取った。自分で洗ったぶんくらいは拭いて帰ろう。
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