二
俺は、ジョーさんに頭を下げ、すぐに背を向けた。
「卓」
「すみません」
「マサノリは、生徒会長という立場を途中放棄してしまったことに、かなりナーバスになっている。だから、あいつの前で、生徒会長という言葉は絶対に出すな」
「……」
「それと、会長の椅子が空になっていることは、一部の人間しか知らない秘密事項だ。あいつがなんて言ってお前を差し向けたか知らないが、カラスに狙われたくなかったら、あまりそれをふれ回るな」
最後には、念を押すように、鋭い声を向けた。
俺は、ジョーさんの言う“あいつ”に、心当たりはない。もちろん、だれかに差し向けられた覚えもない。
そこらへんを、どういうことなのか訊こうと思ったのに、ジョーさんは、さっさと廊下の奥へ引っ込んでしまった。
寮を出て、どこか釈然としないまま、チャリに跨る。
ゴルフ部へと向かった。
その道すがら、俺は、あることに気づいてチャリを止めた。
さっきのジョーさんの言葉には、もう一つ、わからないところがある。
市川サンが会長を辞め、ゴルフ部の部長になったことが、どうして秘密事項になれるんだろう。
だって、ゴルフ部に行けば、それは一目瞭然だ。
役員じゃないなら、授業もお昼もみんなと一緒だろうし。それこそ雲隠れでもしているんなら、しばらくはごまかせるかもしれないけど。
たとえば、生徒会長の顔がみんなに知られていなかったり、だれがなったのか公表されない仕組みなら、急に現れたゴルフ部の部長ってことで内緒を突き通せるかもしれない。
……いや。敷地は広大でも、ここは学校だ。それは、かなり難しいし、無理もある。
だれが会長かを秘密にしていても、遅かれ早かれ、絶対に顔は割れると思う。カラスという存在があるなら、なおさら、そいつらが血眼になるはずだ。
それとも、ジョーさんの言いたい“空”ってのは、市川サンどうこうではなく、生徒会長の後釜がまだ決まっていないことだろうか。
俺は、頭を掻き毟った。
これ以上、道路の真ん中であれこれ考えていても、ちゃんとした答えは出ない気がする。
だいぶ西に傾いた陽射しを、後頭部に受け、ハンドルを握り直した。
いずれにせよ、いまの俺がなすべきことは、ただ一つ。市川サンに会い、なんとか風見館へ戻るよう説得すること。
だから、それ以外は考えないことにして、勢いよくペダルを漕いだ。
“ゴルフ部へようこそ”
そう書いてある立て看板を見つけた俺は、がぜん勇んで、ゴルフ部の敷地内へと足を踏み入れた。
そのとたんに、また大きな問題が浮上してきた。
とりあえず、駐輪場に自転車を停め、建物の陰に隠れる。人がいないことを確かめてから、ほっと一息ついた。
いまさら気づくなんてバカみたいだけど、ここには、市川サンだけじゃなく維新やメイジもいる。ということは、なんとか二人に見つからないように市川サンに会わなければならない。
ていうか、そんなものは、そもそもがムリ?
一瞬、ためらいかけたけれど、あの黒澤の嫌みな笑みを思い出して、首を横に振った。
めまいがするぐらい振ってやった。
あいつになんか絶対に屈しねえ!
維新にも、指一本触れさせねえ!
地面に落としていた視線をぐいと上げ、そう歯を食いしばる。
そんな矢先、俺の視界に入ってきた一軒の建物。大きな木々に隠れるようにしてひっそりと佇んでいる。
俺は、背にしていた建物を仰いだ。
ゴルフ部の練習場だと思うけど、二階建てにしてはデカい。
そして、木々の向こうにある建物は、後ろと全く感じが違って、ベタッと横に長かった。
あれが寮なのかと、のんきに眺めていると、そこからだれかがやってきた。
木々の合間を縫い、まだ俺に気づいていないその人は、どんどんと距離を縮めてくる。
もちろん、維新でもなければメイジでもない。けれど、このまま見つかってしまっていいものか。
迷っているうちに、その人と、しっかり目が合ってしまった。
心の中でおたおたしつつも、足だけは不動の姿勢を崩さなかった俺。それに対し、表情も、歩くスピードも緩めず、その人は近づいてきた。
「きみ、見ない顔だな。一年生か?」
ほんのちょっと俺より背が高かった。
口調こそ柔らかいが、眼差しは、さっきのジョーさんよりも鋭い気がする。
その目が、隙も、そつもなく、俺を見定めるように上下していく。
なんだ、この威圧感。
すごい上から見られてるわけじゃないのに、初っぱなから白旗を上げるしかないイヤな感じ。
ジョーさんや黒澤とはまた違った意味で、お友達にはしたくないランキングに入ってきそうだ。
「あ、あの……俺」
すっかりテンションの下がった俺は、視線をななめに落として、その人が履いている靴を見た。
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