ゴルフ部



 抜けるように青い空。

 田んぼの稲穂。ヒグラシの声。小川のせせらぎ。

 それらをバックに、口を尖らせてみたり、下唇を噛んでみたりしながら、俺はチャリを漕いでいた。

 本当はこんなふうになるはずじゃなかった。

 本当は、維新が漕ぐチャリの後ろに乗って、いまごろゴルフ部へ向かってるはずなんだ。

 ゴルフをする維新のカッコいい姿を見たり、あわよくば、手取り足取り教えてもらったり。

 なのに現実は、たった一人でチャリをぶっ飛ばして、もう二度と行くもんかと思っていたあそこへ、たった一日で赴くことになっている。

 なんだか歯車が噛み合わなくて、気まずい雰囲気を作ったり作られたりするたび、悪い考えばかりが先行する。

 もしかしたら、俺は日本へ帰ってくるべきじゃなかったのかもって。

 でも、維新もメイジも、俺と再会したあのとき、すごく喜んでくれた。

 そのことだけを思い、維新がくれたペンダントをワイシャツの上からぎゅっと握った。

 信じてる。

 だって、いつまでも待ってるって、維新はあの空港で言ってくれたんだ。

 帰ってきたことが間違った選択とか、俺が邪魔者だなんてありえないんだ。

 俺は前屈みになって、ペダルを漕ぐスピードを上げた。

 農業部の寮までのあの坂を、黒澤に負けてたまるかという気合いだけで登った。

 肩で息をしながらチャリを停める。前庭のとなりにある畑には人の姿はなく、すぐさま寮の戸を開けた。


「ジョーさん、奥芝さん。いませんか?」


 土間でそう叫ぶと、二人分の大きな足音が古い廊下を渡ってきた。


「おう、卓」

「卓、いらっしゃい」


 まず、黒のタンクトップ姿のジョーさんが現れて、その後ろから、青のツナギを着た奥芝さんが鴨居をくぐった。

 相変わらずの暗がりでも、二人の満面の笑みは目立っていた。

 奥芝さんが裸電球に手を伸ばす。パッと、土間が明るくなった。


「どうした。てっきり、もうここには来ないかと思っていたのに」


 ジョーさんが図々しく頭を撫でてきた。

 間髪容れずにそれを振り払い、俺は奥芝さんの前へ移動した。


「奥芝さん、お願い、俺を助けて」


 そこへ、野太い腕が割って入ってきて、青のツナギの胸元を持ち上げた。


「奥芝……てめえ」

「な、なんすか。先輩」

「この俺を差し置いて、なんで卓がてめえに助けを求めてんだ」

「知りませんよ~」


 奥芝さんが俺を見下ろした。目を三角にしているジョーさんを、どうにかしてと顎でしゃくった。

 ──仕方ねえ。

 なるべくこの人には訊きたくなかったけど、奥芝さんにだって罪はない。


「やっぱりジョーさん、お願い、俺を助けて」


 ちらっとこっちを見下ろし、ジョーさんは口元を緩めた。

 奥芝さんを放して腕を組む。


「そうだろそうだろ、卓。ここはやっぱり俺だろ」

「生徒会長がどこでどうしてるのか教えて」

「そうだろそうだろ、卓。ここはやっぱり、生徒会長だろ」


 次の瞬間、ジョーさんはかっと目を見開いた。


「生徒会長?」

「先輩──」


 なにか言い出そうとした奥芝さんを制し、ジョーさんは、少し間を持ってから意外な人の名前を口にした。


「イチカワマサノリ」

「え?」

「その生徒会長の名前だ」


 俺は、ジョーさんよりも奥芝さんのことが気になり、囲炉裏の向こうへと姿を消す後ろ姿を見つめた。

 でも、すぐに目の前のジョーさんに意識を戻した。

 そういえば、イチカワもマサノリも、どこかで聞いたことがある。


「もしかして……」

「そうだ。ゴルフ部にいる、例のマサノリだ」


 イチカワというのは、維新と再会した日に聞いた名前だ。

 つまり、ジョーさんが俺の後ろ姿を見間違えたマサノリさんと、メイジに鶴の一声を発した市川サンは、同一人物だということだ。

 生徒会長が学校を辞めていないことがわかって、とりあえずはよかったが、よもや、どこかの部の部長になっているとは思ってもみなかった。てっきり、目立たないようにしていると思ったから。


「で、卓。そのマサノリに会って、どうするつもりなんだ?」

「じつは──」


 と言いかけて、俺は、生徒会長を探すことになったいきさつをここで話していいものかとためらった。ジョーさんはメイジと親しいらしいし、そこから、今回のことが維新の耳に入らないとも限らない。

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