五
だから、そういう非難も込めて、睨むように黒澤さんを見てやった。
なにを言われたってもう振り返らない。足早に廊下を進んだ。
やがて、エントランスへと着く。
ちらっと目に入ったミツヒロが、横の階段であぐらをかいていたことなど、これっぽっちも気にとめず、やたらに重い扉を開けた。
いや、違うのかもしれない。俺の考えは間違っているのかもしれない。
それに気づいたのは、風見館から少し離れ、校門への道を曲がって、すぐのことだった。
はたと足を止めた。
生徒会長が辞めたのは、副会長があんなやつだから、嫌気が差して、やむを得ずのことだったのかもしれない。
となると、その針のむしろは、いつから無人なのだろう。
黒澤さんのあの言い方だと、ごく最近にも思える。
切羽詰まった感もあったし、長いこと、そこをほったらかしにしておいたとは考えられない。
ならば、会長だった生徒は、まだこの学校にいるのだろうか?
再び歩き出した俺は、あることを思い出して、また足を止めた。
「そうだよ、俺──」
結果的に、首を縦に振らなかったことになるんだ。これからは、維新にかかるだろう魔の手を、せいぜいディフェンスしていくしかない。
会長だった人が、もしまだここにいるなら、いますぐ会って、風見館へ戻るように説得できれば、俺のいいほうに片づくかもしれない。
だが、だれかれ構わず生徒会長のことを聞き回って、変なヤツに目をつけられたら、元も子もない。
そこで頭に浮かんだのが、きのう出会った、あの先輩たちだった。
維新やメイジと話すきっかけに、ほんとはできたらよかった。
だけど、その延長線上には、生徒会長を探すことになった経緯を話さなければならないというのがあった。
あんなヤツに狙われてるなんて知ったら、維新じゃなくても、卒倒するに違いない。
あんまり変なふうには考えたくないんだけど、あの黒澤さんのことだ。いままで、ただ手をこまねいていただけとは考えにくい。
維新に、なにかしらのアプローチをすでに……。
それを想像して、俺はかぶりを振った。
イヤだ。そんなの、絶対にダメだ! 維新が、あんなヤツになんて……!
「卓!」
前方から、維新の声が飛んできた。
考えていたことがことだけに、俺の足は即座に鉛になった。
置いてきぼりになんかしていなくて、維新はなんだかんだ、ちゃんと俺を気にかけてくれている。
そう手放しで喜べる余裕など、いまはなかった。冷や汗をかいて、突っ立っているだけだった。
俺のそんな胸中を、知る由もない維新が、ほのかに笑みを浮かべ、駆け寄ってくる。
どうしよう、どうしようと、俺は内心でオロオロしていた。
「な、なんだよ、維新。ゴルフ部に行ったんじゃなかったのかよ」
「行きかけて戻ったんだ。卓を連れに」
維新が言葉を切り、俺の後方へ視界を移した。
そこは、紛れもなく、たったいま通ってきた門のほう──。
「卓、お前……」
「あ!」
俺は、維新の腕を取り、できるだけ風見館から離れた。
屋根の先が、ちらとも見えないところまで移動して、早口でまくし立てた。
「維新、もしかしてゴルフ部に連れてってくれんの? でもさ、俺なんか行っても、邪魔になるだけじゃないかな」
「卓」
「ほんと、行きたいのはやまやまなのに。どうして、こういうときに限って、予定があるんだろうね」
一方的に言ってから見上げた顔は、険しいまんまだった。
俺がごまかそうとしているなにかさえ見透かすような、維新の視線。ノミみたく縮こまったこの心臓を、打ち抜いていく。
どうせなら、ここではっきりさせるか? 本当のところ、黒澤さんとはどうなってるんだって。
いや、そんなこと、口が裂けても切り出せるわけがない。
勝手な妄想だと軽蔑されて、呆れ倒されるなら、それはそれで幸せなことだ。
でも、万に一つ。
ちょっとやそっとじゃ崩れないその表情に、わずかでも動揺が見えたら、俺は一生立ち直れないかもしれない。
アメリカへ出戻るはめになるかもしれない。
「ごめん、維新」
だから、いまの俺には、そう手を合わせ、この場をやり過ごすしか方法はなかったんだ。
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