「アンタがだれを気に入ろうが、それはアンタの自由だ。自由だけども。……維新はダメだ」

「それなら、生徒会長になるか?」

「……」


 黒澤さんが本当はなにが言いたかったのか、ようやく理解できた。

 維新を使って、ゆすりにかかっている。

 首を縦に振れば、それはただの戯れ言にできる。しかし、横に振れば──。

 残された道は、二つに一つだと言いたいのだ。


「なにが」


 でも、俺は、風見原の生徒会長になるために、日本へ帰ってきたわけじゃない。

 維新やメイジと一緒に、楽しい高校生活を送るために帰ってきた。

 生徒会長になったら、きっと、授業も休み時間も放課後も、この館に缶詰め状態で、一緒になんていられなくなる。

 そんな不毛な生活、死んでもイヤだ!


「──なにが、教師よりも力のある生徒会だ。こんなやり方で無理やり生徒会長にだなんて……アンタ、マジで最低だよ」

「きみにどう言われようと、こっちも窮地に立たされている身だ。いますぐ、新しい生徒会長を立てないと……」


 急に尻すぼまりになった黒澤さんは、俺から視線を外し、濁した言葉の先を、絨毯へとこぼした。

 もしかしたら、それは、同情を誘うための演技だったのかもしれない。

 だが、明らかにおかしい黒澤さんの態度の変化に、俺は、いからせていた肩をなだらかに正した。


「窮地にって、いくらなんでも大げさだろ。生徒会長ぐらいいなくてもさ。つうか、アンタだけでも十分じゃあ」


 そこまで言って、俺は、『生徒会役員に憧れて自分を磨いている人間も少なくない』と、奥芝さんが話していたのを思い出した。


「ここには、役員になりたがっているやつが結構いるって聞いた。だったら、俺じゃなくても」

「きみしか相応しくない」

「なんで」

「他の人間では、質の悪いカラスを、鎮めることができないからだ」

「──カラス?」


 黒澤さんが俺の肩を掴んだ。


「理事長の孫のきみなら、カラスを鎮められ、だれも傷つけず、すべてが丸く収まるんだ」

「カラスって、なんだよ?」

「ここが黒で」


 と、自分のYシャツについている紫のバッジを、黒澤さんは摘んだ。


「とくに、罰の重い者を指す。黒の校章は、規則違反を犯し、会長からなにかしらの罰を受けた者がつけている」

「で? 俺が、そいつらのなにを鎮められるんだよ」

「そういう人間はたいがい、隙あらば、会長へ報復しようと企んでいる。きみのバックには、理事長がいるから、ある程度のことは事前に抑えられるだろう?」


 俺は、黒澤さんを見据えた。

 それで、じゃあ仕方ないかなんて納得して、首を縦に振ると思ったら大間違いだ。どう考えたっておかしい。

 だって、黒澤さんの言葉のイコール右には、生徒会長の椅子に座ったら、その質の悪いカラスに狙われるってのがあるんだ。

 授業を、この風見館で受けるのも。あの大食堂で、メシを食わないのも。

 そういう危険を回避するためのものなら、ますます、理事長の孫だからお願いします、はい分かりましたと、針のむしろみたいなところに座れるかって話だ。

 だから、頑ななまでの拒否を示そうと、俺は仁王立ちになって、口を真一文字に結んだ。

 すると、ぴんと張り詰めていた空気を、鼻で笑うことで、黒澤さんがかき消した。ソファーにどかっと腰を下ろし、お前は用済みだと言わんばかりに手を振る。


「……」


 言うだけ言った挙げ句、その態度かよ。

 そう腹が立てども、ここは、さっさと去るのが善策だ。

 しかし、ノブを回す前に足が止まった。いや、止められた。


「なんだよ」

「最後にもう一つ言いたいことがある」


 俺が掴もうとしたドアノブを、黒澤さんが先に取った。

 空いてるほうの手で、俺の顎を捉え、指先を首筋に滑らせる。

 悪寒が走る。

 シャツの中にもぐしといたあのペンダントを、図々しい指がなぞっていった。


「なにすんだよ!」


 その手をパシッと弾き、すぐさま距離を取った。


「いいか、中野卓。風見原では、たとえ学業時間外でも、アクセサリー類を着用することは禁止されている。次に見つけたら、即、没収する」


 黒澤さんは、わずかに笑みを浮かべ、ドアを開けると、どうぞというように手を出した。


「……」


 この人は、なにを考えているのか本当に分からない。

 肚の中なんて、その名の通り真っ黒けで、カラスたちを憐れむほうが、もしかしたら人道的なのかもしれない。

 副会長がコレなら、きっと、会長もロクでもなかったに違いない。

 大事な椅子を途中で降りたぐらいだ。さぞかし、根性がねじ曲がっていたんだろう。

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