生徒会長



 部ごとに寮を設けて、そこで生活してるだの、運動部しかないから、みんなガタイがいいだの、農業部には、変な先輩が二人もいるだの。

 それは、いま目の前にしている光景に比べたら、取り立てて気にすることじゃないのかもしれない。


「紅茶と、アップルパイです。お口に合うかどうか」


 もちろん、二日続けて、アップルパイを食べることになっているのも、二の次だ。

 だから、俺は意を決して、その人に尋ねてみることにした。


「あ、あの……」

「はい?」

「もしかして、その格好」

「ええ」

「メ、メイドさん?」


 転入初日だったきのうは、偶然にも、農業部ってところに足を踏み入れて、ジョーさんと奥芝さんという、おかしな二人に会った。

 転入二日目で、初めて授業を受けたきょうは、朝からずっと不機嫌だったメイジと、いつも以上に無口だった維新と、とりあえずは行動をともにしていた。

 ゴルフ部の寮はどんな感じなのかとか、二人にいろいろと訊きたかったのに、そんな雰囲気じゃあ、とても切り出せなかった。

 校内にいるあいだ、メイジと維新の顔色を盗み見ては、話す機会をうかがっていた。

 でも、なにも訊けないまま、あっという間に放課後がやってきて、きのうと同じく置いてきぼりを食らわされた。

 そんな俺の脳裏に、きのうの食堂でのやりとりが浮かんだのは言うまでもなく。

 けどやっぱり、俺たちは親友なんだから、なんでも話してほしいと思わずにはいられなかった。


「──中野さま?」


 紅茶と、アップルパイの乗った皿、そしてフォークを置いた彼女は、団栗眼を上に据え付けて、小首を傾げた。

 俺のいる長いソファーの前には、大理石でできたローテーブル。彼女は、その脇で膝を折り、すっと下げた銀色のトレイを胸に抱えた。

 半袖にもミニスカにも、あらゆる裾に、ヒラヒラのレースがあしらわれたメイド服。純白のエプロン。白のハイソ。長い髪は、緩いカールがかかっていて、そのてっぺんには、テレビで見たメイドと同じあれが乗っかっていた。

 ということは、奥芝さんの言っていた、「風見館には、執事やメイドやシェフがいる」ってくだりは、本当だったわけで。そこは、半信半疑で聞いていた俺は、ソファーに固まって、ただ彼女を見下ろしていた。

 ──ことの始まりは、つい十分前のこと。

 メイジと維新に置いてきぼりを食らわされたあと、ゴルフ部に行くべきか迷いつつ校門を出た俺の前に、けったいな格好をしたおっさんが現れた。

 残暑厳しい炎天下にも関わらず、黒ずくめの正装姿で、ロマンスグレイの頭を、俺に向かって下げた。

 思わず、周りをきょろきょろと見渡せば、みんな俺へと振り返って、顔を引きつらせているし。

 だから、とりあえずシカトしてみたものの、そのおっさんにものすごい力で腕を掴まれ、車の後部座席に押し込められた。

 きのうといい、ここの人間はみんな、なにかと無理やりだ。

 なんて思っているうちに車が走り出し、また止まった。その間、きっと一分もかかっていない。

 この距離を、車で移動する意味があるのか。

 首をひねっていると、またもや強引に降ろされ、目の前の建物に入れられた。

 それが“風見館”だと知ったのは、おっさんと交代するようにやってきた彼女が教えてくれたから。

 俺がここに連れて来られた理由も。


「黒澤さまから、中野さまにお話があります。急で申しわけありませんが、お時間をいただけますか?」


 本当に申しわけなさそうにしている彼女を見たら、むげに断ることができず、俺は頷いていた。

 ていうか、俺に話があるなら、てめえが来いよって話だ。教師より、力のある生徒会だかなんだか知らねえけど。

 それに気づいて向かっ腹が立っても、再び彼女に頭を下げられると、やっぱり帰るとは言えなくて、この洋間で、黒澤なる人物を待つことになったのだ。

 それにしても、ここが学校だというのを、ついつい忘れそうになる。

 けど、この館までの短い道のりを思い出しては、ここは学校なんだ、だれがなんと言おうと学校なんだと、自分に言い聞かせた。


「中野さま? 中野さまは、紅茶にお砂糖を入れますか?」


 また、上目使いで俺を見る。それにいらないと首を振ると、彼女はすっと腰を上げた。

 その胸元に目がいった。女の子に興味が薄い俺でも、惹きつけられるなにかがあった。

 しかしながら、風見原に、なぜ女の子がいるのだろう。教師でさえ、若い女性はいないというのに。ましてや彼女は、俺と同じくらいの年に見える。

 単なる雇われメイド?

 ……男のみという、非常に危険な環境下で?

 そんな疑問が浮かぶ中、彼女の胸元に目を留めていた俺は、驚愕の事実を知る。

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