六
聞けば聞くほど、じいちゃん、あんた、すげえガッコ作りやがったぜ! って感じだけど、完全にその手から離れてエラいことになっている。
だから、俺が初めて聞くことばかりなのは、じいちゃんがあえて説明しなかったからなんだと思えた。
風見原の全部を教えたら、俺が帰って来なくなるんじゃないかと、きっと心配になったんだ。
「ただいま」
そんな、ちょっとした先行き不安に打ちひしがれていたら、頭に巻いていたタオルを取りながら、ジョーさんが台所に入ってきた。
「先輩」
「奥芝」
ジョーさんは手を出し、奥芝さんの動きを制した。俺の脇を抜け、シンクの前に立つ。
「卓、なに飲む?」
と、手を洗いながら訊いた。
「コーヒーなら、カフェオレ、ラテ、エスプレッソ、カプチーノ、ウインナー? ああ、卓はお子ちゃまだから紅茶がいいか。アッサム? ダージリン? アールグレイ? あ、いやいや違うな。迷子の迷子の子猫チャンはミルクがお似合いか」
どれにしようかと、一生懸命心の中で反復していたのに、最後の一言でぜんぶ吹っ飛んだ。
「番茶で」
「番茶? 意外と渋めがお好みなんだな。面白ぇ、気に入った。奥芝」
「はい、番茶ですね」
目の高さにある収納スペースから、奥芝さんが茶筒を取り出し、ジョーさんへ渡す。
背中合わせの二人は、キッチンに立ちそうもない風貌をしているのに、俺にお菓子を用意するためにテキパキと動いている。
可笑しいというかなんというか。
強引だったとは言え、ご馳走になる身で、先輩のことを笑うのもなんだけど、やっぱりヘンなヒトたちだと思った。
でも、悪いヒトたちではないんだろうなっていうのも、その大きな背中から、目いっぱい感じられた。
「そういえば、ジョーさんてマキさんていうんですね。メイジとはどういう繋がりがあるんですか?」
ジョーさんや奥芝さんが持つ不思議な雰囲気にすっかり取り込まれ、キッチンの食卓に完全に腰を落ち着かせていた俺は、アップルパイを平らげてから訊いた。
向かいの二人は、魚の名前が並んだ湯呑みでコーヒーを啜っている。
ジョーさんとメイジは部も違えば学年も違う。だから、どんな接点があって知り合ったのか、俺はすごく気になった。メイジのあの言いようじゃあ、かなり親しい仲だとも思う。
「メイジ?」
しかしジョーさんは、シルバーリングが光る人差し指を眉間に当てて考え込んでいた。それから、となりの奥芝さんへと視線を移す。
「って、だれだ? お前、知ってっか?」
「メイジ……ですか」
と、奥芝さんまでうんうん唸り始めた。けど、なにかに気づいたらしく、「あ」と大きく口を開けた。
「ジョー先輩。あいつですよ、あいつ」
「あ?」
「ガッツの片割れ」
またもや摩訶不思議な単語が出てきた。
それでもジョーさんには思い出すヒントになったみたいで、パンと手を叩いていた。
「マサノリんとこの一年ボーズか」
ここは執事はいらないけど、通訳は絶対にいたほうがいい。……ほら、俺の頭上にたくさんのハテナが浮いてる。
それをジョーさんと奥芝さんは見つけたらしく、低い笑い声を立てた。
「卓、そのメイジってのは、ゴルフ部の石岡のことか?」
「……そ、そっすね」
「マサノリってのがゴルフ部にいるヤツでさ。一年の石岡と松永を呼ぶのに、あいつが石松って言ってるから、つい俺と奥芝のあいだでな。なあ、奥芝」
「はい。石松っつったら、ガッツっす」
「奥芝~」
「先輩~」
ジョーさんと奥芝さんは、なぜかハイタッチを交わしている。
そんな二人を傍目に、俺は腕時計へ視線を落とした。
「やべ。もうこんな時間」
六時十分前だった。
ゴルフ部へ行くはずだったのを思い出し、俺はごちそうさまでしたと頭を下げ、廊下へ出た。
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