「ささ、卓。遠慮しないで。上がった上がった」

「はあ……」


 もうここまで来たら、あとはどうにでもなれだ。せっかくだし、ジョーさんが焼いたっていうアップルパイをご賞味させていただくか。

 俺はそう、奥芝さんに誘われるまま靴を脱いだ。

 立派な大黒柱と、こじんまりとしていても丁寧に祀られている神棚。その脇には、「管理責任者 農業部部長・巻 丈多朗」と筆で書かれた木札がかけられてある。


「マキジョウタロウ……」


 ジョーというのは本当の名前だったんだ。と思うよりまず気になった二文字。

 マキ……って。


「卓、こっちだ」


 囲炉裏より奥の障子戸から奥芝さんが手招きしている。

 慌ててついて行くと長い廊下へ出た。どこもかしこもそうだけど、この廊下はとくに古そう。歩くたびにぎしぎし軋む。

 壁からガラス窓へ変わった。ずっと小暗がりだった廊下にようやく光が射す。その向こうは、結構な広さのある畑だった。

 家の大きさはじいちゃんちに負けるとしても、こんなに古くて暗いところ、一人で留守番とか嫌すぎるな……。

 そうは思ってみても、ここで一人になる状況がまずないことに気がついた。


「適当にその辺座ってて」


 廊下の奥に並んである何枚かのうち、最も先についた障子戸を開けて奥芝さんは言った。

 丸い座卓が中央に置いてあるだけの質素な畳の間。そこへと俺を残し、奥芝さんは部屋を出て行こうとした。

 その腕を慌てて掴む。


「あの、奥芝さん」

「ん?」

「ここって、寮……なんすか?」


 俺をじっと見下ろしてから、奥芝さんはその視線を天井へ投げた。

 俺も釣られて見上げる。……うん。至って普通の天井だ。


「そうか。ジョー先輩の言ってた転入生って」


 奥芝さんは腕を組むと、また俺を見下ろした。


「ここはね、農業部の部寮。部の寮と書いて部寮ね。風見原はさ、部内のチームワークを重要視してる学校で、部ごとに寮を設けて生活してるんだ」

「部……ごと」

「ていうか、ここではそれが一番大事なことなのに、だれも教えてくれなかったの?」


 最後のほうは廊下から聞こえた。俺は急いで足を出す。


「風見原の生徒は、みんなどこかしらの部に所属してる。所属しなければ、ここでは生活していけないからね。お昼は学食や、購買でも調達できるけど、夕飯は各部で自炊だし。もちろん縦社会も厳しい。それに文化部はないに等しいから、入学したときはなよなよしてたやつも、そういう環境に揉まれて立派なマッチョになっていくんだ」

「……」


 俺を寮へ入れたくないってママが言っていた理由が、なんとなくわかった気がした。


「卓は?」

「え?」

「どこの部へ入るとか決めた? それとも入ったあと?」


 奥芝さんは廊下を戻り、どこかの部屋の戸を開けた。

 そこは台所だった。……けど、キッチンというほうが正しいようなユーロピアンな作りをしている。立派に対面式だし。


「ここだけ洋風なんすね」

「前のやつは使いづらいって、ジョー先輩が生徒会にかけ合ってリフォームさせたからね」

「生徒会──」


 ふと、さっきの大食堂のことを頭に巡らせた。


「紫の校章バッジ……」


 俺がぽつりと言うと、冷蔵庫に手を突っ込んでいた奥芝さんが振り向いた。


「え?」

「あ、ううん。……校章バッジの種類はいくつあるのかなあ、と」

「ああ。ええと、たしか六種類だったかな」

「六種類……」


 思っていたより三つも多い。そう首をひねっていたら、奥芝さんが指を折りながら教えてくれた。


「黄色、赤、青はわかるよな? それに加えて、生徒会役員の紫と会長の金。あとは前科者がつける黒」

「……前科者?」


 なにやら不穏な単語が……。つーか、ここガッコじゃねえの。


「遅刻の常習犯から謹慎まで、幅はあるもののある種の戒めみたいなもんで、会長から制裁を受けた人はバッジが黒になるんだよ」

「……こわっ。なにそれ」

「ここの生徒会役員は教師より力があるからね。さまざま優遇もされてるし。役員寮である『風見館』は、それはそれは立派な洋館で、専門のシェフがいたり、執事がいたりメイドがいたりと、なにかと至れり尽くせりらしいよ。授業も役員寮で受けてて、文武両道、眉目秀麗なスペシャリストの集団。だから、それに憧れて自分を磨いてる人間も少なくないって話だ」

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