農業部



 男のみという環境独特の、うねりのような低い騒ぎ声。繊細さのかけらもない雑音と、食器がぶつかり合う音。

 それらを耳にしながら俺は、全国にはいろんな学校があって、ここみたいに食堂を持っているところもあるだろうけど、このフロアの広さ、あの自販機の数、メニューの豊富さに勝るものはないと、ひとりで感心していた。

 ──そのカレーライスを目の前にするまでは。


「ダメだ。もう食えねえ!」

「だから、うちの学食は、全体的に量が多いって言っただろ?」


 メイジが口元に笑みを浮かべながら言った。自分の皿にあるエビフライを箸で掴む。

 そのとなりの維新も微かに笑っていて、足を組み替えると、トンカツを頬張った。


「それでもさ、一般的な量ってのがあるよ。しかもやたら辛いし」


 俺は、まだ半分は残っているカレーにスプーンを投げ出して、水をゴクゴクと飲み干した。

 まるでお盆のようなカレー皿。このテーブルまで持ってくるのに苦労したし、食べても食べても減りやしない。

 その上、こんな殺人的辛さだなんて、罰ゲーム以外のなにものでもないだろ。


「あうー……」


 と、俺は一声うなった。

 夏休みが明けて初日。

 俺の転入初日でもあるきょうは、二学期の始業式のみで授業はなかった。

 とりあえずクラスのみんなに挨拶して、校舎を案内してもらって終了。

 そのあと本当は、寮生でもなければ部活にも入ってない俺は、まっすぐ家に帰らなきゃいけないんだろうけど、そこは理事長の孫の特権ってことで。

 ちなみに、メイジと維新と同じクラスになれたのもそれのお陰。……とは、大きな声では言えないな。


「卓は、昔から食が細かったしな」

「そういやそうだったな。中学ンときも、いつまでも給食食ってて、好き嫌い多くて。アメリカから帰ってきたら、ちょっとは成長してるかと思ったのに、相変わらずのサイズで安心したっつうか、びっくりしたっつうか」


 メイジがくくっと喉元で笑う。

 俺はテーブルを叩いて、ささやかな反論を示した。


「ここは、運動部の人間がほとんどだから、色んな要望を聞いてるうちに、こういう盛りのいいサイズになったらしいんだ」


 維新にそう言われて見渡せば、目に入るすべてのものが大盛り。となりのテーブルのマッチョな先輩たちにいたっては、俺と同じカレーがさらにとんでもないことになっていた。


「うげぇ……」


 俺は思いっきり舌を出した。お盆カレーを向かいの維新へと押す。


「なんだ」

「やっぱ残すのも悪いじゃん?」


 ごめんと手を合わせると、維新はため息を吐いた。その背中を、笑いを噛み殺しながらメイジが叩く。


「しようがない、維新。新参者の卓のためにここは黙って食ってやれ」


 空になったお膳をメイジがよけ、そこにお盆カレーを置いた。

 そのときだった。あれだけ騒がしかった大食堂が一変、水を打ったように静かになった。

 が、それも一瞬で、すぐに元の状態に戻る。

 一体なにが起きたのか、あのマッチョな先輩たちを見ても相変わらずカレーをがっついていた。

 でも、その後ろ姿がさっきよりも縮こまって見えるのは気のせいだろうか?

 俺は首を傾げる。


「──失礼」


 すると、俺のとなりの空いていた席にだれかがやってきた。

 さっきまではこのテーブルになかった紙束。それを置いたらしい人物は椅子ヘ腰かけると、なぜかこっちに向けてさっと足を組んだ。

 まず目がいったのは、その人の胸元についている校章バッジの色。風見原では、夏服である半袖のYシャツにも校章バッジをつけるのが規則になっていて、その色は学年ごとに違う。一年は黄、二年が赤、三年は青だ。

 しかしその人は紫のバッジをしていた。


「きみ、きょう転入してきた中野くんだよね? 難関だと評判の編入試験を満点でパスした」


 フレームレスの眼鏡にかかる前髪を掻き上げ、その人は俺と視線を合わせた。にっこりと微笑む。

 中野くんだよね、まではとくになんとも思わなかった。けど、そのあとにつけ加えた余計な一言が耳に引っかかった。

 俺が眉をひそめると同時にその人は視線を外した。今度は維新とメイジに目を向ける。


「マキはどうしてる?」


 と訊いて、腕を組んだ。

 ちょっと間を置いてからメイジが答える。


「どうって、べつに普通にしてますけど。なにか?」


 そのメイジの声はいままでよりも低く、露骨に不愉快を表していた。ズボンのポケットに手を突っ込み、メイジも椅子の背もたれに寄りかかる。

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