三
「そうだ」
あの約束を思い出し、俺はペンダントを外そうとした。
しかし手を掴まれ、止められてしまった。維新は首を横に振っている。
「帰ってきてくれただけで俺は嬉しいから、それはやるよ」
そう言ってそっと手を引っ込めていく。維新は真っ直ぐに俺を見て、わずかばかり微笑んだ。
俺はもう一度ペンダントを見つめた。もらったあの日から毎日のように目にしてきたものなのに、不思議と新しい輝きを放っている感じがする。
また維新と同じ学校へ通える嬉しさを噛み締め、ペンダントをTシャツの中へ戻した。
「ところでさ。さっきメイジが言ってた市川サンて……だれ?」
「ああ。うちの部の部長だよ」
「うちのって……ゴルフの?」
「そう」
なるほど。それでメイジはあんなに慌てていたのか。体育会系って上下関係が厳しいって聞くし、部長サンの呼び出しはどこでも絶対なんだ。
「やっぱ維新も帰る?」
もちろん、俺としてはまだまだ話をしていたいところ。
維新も悩んでいたみたいだったけど、結局は寮へ戻ることにした。
でもさ、よく考えてみたら、なにも悲しむことなんてないんだ。これからはいつでも好きなときに会えるし、電話だって気兼ねなくできる。
そうだ。ここはひとつ大人になって、維新を部長サンに譲ろうじゃないか。
「夜、電話するよ」
なにげなくそう告げて、颯爽と玄関を去る維新の背中はあのころと同じだった。
すごくマイペースなのに見るべきところはちゃんと見ていて、ほしい言葉もしっかりとくれる。
そんな維新が俺は大好きだった。
あくまで友だちとしてなんだとか、もしかしたらもっと違う意味の好きなのかもとか、そういうことを考えるより、いまはとにかく維新のそばにいたい。
もっとたくさん思い出を作りたいんだ。
その夜、維新からの電話を待つあいだ、俺は一通の手紙に目を通していた。
もう何回読んだかわからないその手紙はしわくちゃで、文字のところどころは滲んでいる。
『卓、覚えてるかな? 夏休みに入る前、水品先生が鳥羽の棚田のホタルの話をしたこと。そのとき、一度は見てみたいって言ったよな。
あの日の朝、そのことを思い出して、とりあえず詳しい場所だけでも聞こうと先生に電話したんだ。そうしたら先生が、卓はもう空港に向かってると教えてくれた。
もちろん、最初は冗談かと思って信じられなかった。けど、夏休みに入ってから卓の様子が少し変だったことを思い出して、すぐに空港へ向かった。
卓に会ったら殴ってしまうかもしれない、ぐらいの怒りは正直あった。なんでも話し合える親友だと俺は思ってたし、むしろアメリカに行くなんて大事なこと、なにを置いても一番に話さなきゃならないものだと思ったから。
でも、電車が空港に近づくにつれ冷静になれて、お前の立場になっていろいろと考えられた。大事なことほど話しにくいってこともあるし、それよりもなによりも、卓自身が、そのことをすごく悩んだんだと思えて、本当に胸が痛かった。
いろんなサインを出してたはずなのに、気づいてやれなくてごめん。
大丈夫。メイジもみんなも、ちゃんと卓のことをわかってくれている。
だから、次に会うときは絶対に笑顔でって──』
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