二
広い和室にぽつんと置いてある座卓。維新とメイジはしばらく立ったままで、部屋の中を見渡したり窓から庭を眺めたりしていたけれど、藍おばさんの声に気づいて座布団へ腰を下ろした。
「いえ。俺たちのほうこそ突然お邪魔してすみません」
メイジは軽く頭を下げ、おばさんに応えた。
維新も精いっぱいの笑顔を作っている。愛想笑いは変わらず下手くそで、はにかむどころのハナシじゃなかった。
「てかさ、維新とメイジがなんで『ハニカミコンビ』なわけ?」
最後に俺の前に麦茶と羊羹を置いたおばさんに訊いてみた。
「あら、いやだ。たっくんだって、二人がゴルフ部のスーパールーキーってこと知ってるんでしょ? それでじゃない」
俺はさっきから、二人は中学のときになんのスポーツをやっていたか思い出そうと、ずっと頑張っていた。
「そっか。そういえば維新とメイジは、小学校のころからゴルフやってるって──」
だから学校の部には所属していなくて、なかなか思い出すことができなかったんだ。
ちなみに俺は演劇部。ユーレイさんだったけど。
「お父さんがね、風見原もゴルフ部に力を入れたいって、素晴らしい設備を作ったのよ。奥に三つもホール作っちゃって」
「ふうん……。けど、ゴルフ部のスーパールーキーだからってなぜにハニカミ?」
藍おばさんが目を丸くしている。
そんなに変なことを訊いたかと首を傾げていたら、維新が言った。
「たぶん、卓は『ハニカミ王子』を知らないんだと思いますよ」
「ああ、そうか。もうずいぶん前のことだしな」
と、メイジも言う。
藍おばさんはそこで、『ハニカミ王子』のことを丁寧に説明してくれた。維新とメイジがどれだけゴルフが上手くてすごいかってことと、近くの女子校にファンクラブまであることも教えてくれた。
俺は麦茶に注いでいた視線を上げた。維新と目が合う。
そのとき、軽快な音楽が鳴り響いた。
目を向けると、フォークを置いたメイジがジーンズのポケットから携帯を取り出すところだった。
すみませんと律儀に断りを入れ、メイジは携帯を開いた。メールだったらしく、じっと画面を見ている。
「ゆっくりしていってね」
藍おばさんが和室を出ていった。
羊羹を食べようと俺もフォークを取ったら、なにかを訝しむような維新の声が聞こえた。
俺は顔を上げた。維新はメイジの手元を見ていて、なぜか二人とも難しい顔になっていた。
「なんだ、その絵文字だけの羅列」
「……市川さんがめちゃくちゃ怒ってる」
「らしいな」
「どうする?」
「というかメイジ。あの人になにしたんだよ」
「知るか」
メイジは携帯をポケットにしまいながら立ち上がった。
なんのことか事情の呑み込めない俺は、ただただ羊羹を口に運んで、二人を眺めていた。
「卓、維新、悪ぃな。先に寮へ戻るわ」
「俺も行こうか」
「いいって、いいって。お前はほら、卓といろいろ積もる話もあるだろうから」
メイジは、座卓に手をついて腰を上げようとした維新を素早く止めた。
「じゃあ、卓。休み明けにまたな」
「うん……」
和室を出る最後の最後まで手を合わせ、メイジはバタバタと廊下を走っていった。
維新は座卓に手をついたまま、しばらく襖へ目をやっていた。メイジに止められたものの、やはり一緒に行くべきだったかと悩んでいるのかもしれない。
「そんなに気になるなら維新も帰れば?」
俺は口を尖らせた。
さっき再会したばかりで、ろくに話もしてないのにこう言わなきゃいけない空気。……面白くない。
だって、メール一本ですっ飛んでいくってことは、メイジにとっても維新にとっても、市川サンはかなり大切な人ってことだ。
「卓。なんだ、その顔」
「べつに」
とそっぽを向く俺へと近づいてくるなにか。驚いて目をやれば、維新の手が首元まで伸びていた。
「な、なに?」
「ちゃんと大切に持っていてくれたんだなと思って」
維新の指はあのペンダントに触れていた。チェーンをなぞって、Tシャツに隠れていたペンダントトップを取り出す。
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