広い和室にぽつんと置いてある座卓。維新とメイジはしばらく立ったままで、部屋の中を見渡したり窓から庭を眺めたりしていたけれど、藍おばさんの声に気づいて座布団へ腰を下ろした。


「いえ。俺たちのほうこそ突然お邪魔してすみません」


 メイジは軽く頭を下げ、おばさんに応えた。

 維新も精いっぱいの笑顔を作っている。愛想笑いは変わらず下手くそで、はにかむどころのハナシじゃなかった。


「てかさ、維新とメイジがなんで『ハニカミコンビ』なわけ?」


 最後に俺の前に麦茶と羊羹を置いたおばさんに訊いてみた。


「あら、いやだ。たっくんだって、二人がゴルフ部のスーパールーキーってこと知ってるんでしょ? それでじゃない」


 俺はさっきから、二人は中学のときになんのスポーツをやっていたか思い出そうと、ずっと頑張っていた。


「そっか。そういえば維新とメイジは、小学校のころからゴルフやってるって──」


 だから学校の部には所属していなくて、なかなか思い出すことができなかったんだ。

 ちなみに俺は演劇部。ユーレイさんだったけど。


「お父さんがね、風見原もゴルフ部に力を入れたいって、素晴らしい設備を作ったのよ。奥に三つもホール作っちゃって」

「ふうん……。けど、ゴルフ部のスーパールーキーだからってなぜにハニカミ?」


 藍おばさんが目を丸くしている。

 そんなに変なことを訊いたかと首を傾げていたら、維新が言った。


「たぶん、卓は『ハニカミ王子』を知らないんだと思いますよ」

「ああ、そうか。もうずいぶん前のことだしな」


 と、メイジも言う。

 藍おばさんはそこで、『ハニカミ王子』のことを丁寧に説明してくれた。維新とメイジがどれだけゴルフが上手くてすごいかってことと、近くの女子校にファンクラブまであることも教えてくれた。

 俺は麦茶に注いでいた視線を上げた。維新と目が合う。

 そのとき、軽快な音楽が鳴り響いた。

 目を向けると、フォークを置いたメイジがジーンズのポケットから携帯を取り出すところだった。

 すみませんと律儀に断りを入れ、メイジは携帯を開いた。メールだったらしく、じっと画面を見ている。


「ゆっくりしていってね」


 藍おばさんが和室を出ていった。

 羊羹を食べようと俺もフォークを取ったら、なにかを訝しむような維新の声が聞こえた。

 俺は顔を上げた。維新はメイジの手元を見ていて、なぜか二人とも難しい顔になっていた。


「なんだ、その絵文字だけの羅列」

「……市川さんがめちゃくちゃ怒ってる」

「らしいな」

「どうする?」

「というかメイジ。あの人になにしたんだよ」

「知るか」


 メイジは携帯をポケットにしまいながら立ち上がった。

 なんのことか事情の呑み込めない俺は、ただただ羊羹を口に運んで、二人を眺めていた。


「卓、維新、悪ぃな。先に寮へ戻るわ」

「俺も行こうか」

「いいって、いいって。お前はほら、卓といろいろ積もる話もあるだろうから」


 メイジは、座卓に手をついて腰を上げようとした維新を素早く止めた。


「じゃあ、卓。休み明けにまたな」

「うん……」


 和室を出る最後の最後まで手を合わせ、メイジはバタバタと廊下を走っていった。

 維新は座卓に手をついたまま、しばらく襖へ目をやっていた。メイジに止められたものの、やはり一緒に行くべきだったかと悩んでいるのかもしれない。


「そんなに気になるなら維新も帰れば?」


 俺は口を尖らせた。

 さっき再会したばかりで、ろくに話もしてないのにこう言わなきゃいけない空気。……面白くない。

 だって、メール一本ですっ飛んでいくってことは、メイジにとっても維新にとっても、市川サンはかなり大切な人ってことだ。


「卓。なんだ、その顔」

「べつに」


 とそっぽを向く俺へと近づいてくるなにか。驚いて目をやれば、維新の手が首元まで伸びていた。


「な、なに?」

「ちゃんと大切に持っていてくれたんだなと思って」


 維新の指はあのペンダントに触れていた。チェーンをなぞって、Tシャツに隠れていたペンダントトップを取り出す。

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