知恵と勇気と超絶技巧 〜魔術都市の探偵少女〜

KKRD

ジグとカノン対殺人鬼《アイパッチ》

第1話 史上最強の魔術師の弟子

主人公は2話目から登場です

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 〈暗黒街の札屋〉といえば、このラエンダムの街で最も伝説的な犯罪組織である。


 彼らはある人間の痕跡を消すために、ちょうど似たような背格好の人間(と場合によっては家族)を殺し、身分を剥ぎとって付け替える。身分証の偽造したり、時には、知人まで作り出し、別の人間に成りすますサポートをする。身分証をアフターサービス付きで売ってくれるという犯罪者にとってはありがたく、当局が血眼になって検挙しようとしている存在だった。


 尻尾を掴んだとしても、彼らはAランクの魔術師数十人に、魔術都市には珍しくAランクの剣士も複数抱え、さらにその下には、百人を超すBランク魔術師がいるため、警察も軍も下っ端以外を捕えることができなかった。


 そんなこの国で最強最悪とも言える組織の支部が——たった今、壊滅の危機を迎えていた。


 無造作に、その青年はアジトに入ってきた。


 中にいた男達は、きょとんとして一瞬固まった。


 入るところを間違えたような、どこかの店から出てきたようなエプロン姿だったからだ。


 しかし、その足元に見張りの下っ端がのされているのを見ると、すぐに戦闘態勢になった。


 十三人の魔術師達が、指揮棒のように杖を構えて一斉に術を放った。


「この野郎!」みたいな無駄な台詞はおろか、誰何すらない。


 それは訓練された、連携した動きだった。


 避けるスペースをなくすように、少しずつ狙いをずらした紅蓮の炎が入り口に殺到した。Aランク魔術師による複数の火炎魔術である。まともに喰らえば骨も残らないだろう。


 入り口の青年は、動かない。


 炎を睨みつける。


 ただ、それだけで魔術の炎は霧のように消えてしまった。真っ白なエプロンには焦げ一つ残っていなかった。


 青年は無表情に言った。


 まるで余命を告げる死神のように。


「さあ、喧嘩を始めようか」


 仲間の魔術の発動を見て、出番などないだろうと高をくくっていた剣士たちが立ち上がる。


 しかし、彼らは三歩と歩くことができなかった。


 いかなる魔術を使ったのか、床に倒れ、喉を押さえてもんどり打って苦しんでいる。


 青年は目もくれない。


 残った魔術師達は、なんとか追撃の魔術を放とうとするが、今度は発動すらしなかった。


「な、何なんだよ、お前……」


 絞りだすように、後ずさりながら一人が言った。


 青年は場違いに落ち着いた声で言った。


「アルバイトだ」


 その正体に気づいた魔術師の男が悲鳴のような金切り声で叫んだ。


「こいつっ、〈裏通りのケーキ屋〉だっ!」


 一部の男達が、タイミングを図って椅子や机を投げつける。


 その隙に他の連中が反対側に走って、逃げ始めた。


 分が悪いと判断してすぐに逃げる——今の最善の手だろう。


 青年は一瞬で距離を詰めて、張り手のように手のひらで一人を顔を殴った。


 それも尋常な威力ではない。顔を張っただけで周りの男を巻き込みながら壁まで吹き飛んだ。食らった男は、もちろんもう動けない。ぐったりと壁に寄りかかり、白目をむいている。


 一瞬後にはまた、別の男に距離を詰めて、同じように張り飛ばす。


 単純作業のように何度もそれを繰り返していく。


 そこからは阿鼻叫喚だった。


 各々が我先にと裏口のある奥へ向かって殺到した。


 悪いことに、奥から騒ぎを聞きつけた増援がやってきたので、詰まってしまう。


 団子になった男たちを青年が一方的に殴り、突き飛ばし、蹴り飛ばす。その度に、人間が空を飛んで、天井や壁に激突していた。


「ああ、面倒臭い」


 あくびをしながら、その赤毛のケーキ屋——ジグ・ジングルという——は、言った。


 かつて、このケーキ屋の師は、魔力の弱い者ばかりを集めて弟子にした。


 山を吹き飛ばし、湖を干上がらせるほどの絶大な魔力を持つ月狼という人外の種族で、名をトキといった。


 あらゆる種族の中で歴史上最強に数えられる魔術師の一人だった。


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 その外で、警察補助隊——軍の中で武力を持った犯罪者を制圧することを目的とした部隊——の小隊が待機している。


「隊長、民間人に協力させるなんて、何かあったら……」


 部下の軍曹が、おずおずと言った。


 先刻、隊長が急に助っ人と称して民間人を連れてきた。


 しかも、それはどうみても荒事をするような格好ではなかった。真っ白なエプロン姿で、長い帽子まで被っている。聞けば、パティシエだというのだ。


 そんな人物を隊長は敵の本拠地に単身乗り込ませたのだ。


「あー、大丈夫大丈夫」


 やたらと軽く、隊長のヴィンセントは手を振って返事をする。


「身分は民間人だが、国家権力外戦略級魔術師で公安も見張ってるトキの弟子の一人だぞ。死んでくれた方が、上の方は逆に喜ぶだろう。世間的には、非難があるかもしれんが」


「あの噂に聞く〈裏通りのケーキ屋〉……!? トキの弟子ということはまさか、隊長と同じくらい強いのですか?」


「まあ、そんなとこだな」


 ヴィンセントは言葉を濁した。


 負け越している、とは言いたくなかったからだ。


『ついにミルムが街の浄化に本気出してきたんだ。証言する口は多いに越したことないらしい。この規模の組織だと、俺が一人で乗り込んでいっても一部には逃げられるし、他の小隊を巻き込んだら、どっちにも死人が出るからな。できれば、被害ゼロで一網打尽にしたい』


 そう言って、ヴィンセントはジグに「アルバイト」を持ちかけた。


『中に入って適当に暴れてくれればいい。外に逃げた連中を俺がとっ捕まえるから』


「隊長、中から悲鳴が……」


「そろそろ、出番かな。——よし、お前ら、地図は頭に入れたな? もしレッドラインの外側に敵が逃げたらお前らが捕らえろ。……たぶん、お前らの出番はないけど」


 ヴィンセントは、建物の外に出てきた大物そうな男と取り巻き達を見つけると、音もなく近づき、殴って昏倒させていった。


 ヴィンセントもまた、トキの弟子の一人だった。


「まさか、〈暗黒街の札屋〉の連中もケーキの大量発注する見返りに支部が壊滅させられるとは思ってなかっただろうな……」


 さきほどの軍曹がつぶやいた。


「しかし、なんでトキの弟子たちは、魔術師のくせに肉弾戦やるんでしょうね」


 別の一等兵が言った。


「直接殴った方が気分がいいって、隊長がこの間言ってたぞ」


「……アホですね」


「おい、上官侮辱罪だぞ」


「ほめてるんですよ」


 しれっと答える一等兵。


「最近の若いやつは……」


 顔をしかめて、軍曹が言った。しかし、本心では似たようなことを思っているので、それ以上は何も言わない。


 この後、三十分ほどで完全に制圧が完了したが、応援を呼んでも全員を拘束する方が重労働だった。


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2020/12/23 冒頭コメント追加

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