第162話目 真崎直人4

 1月も半ばになり、直人は意を決してKENこと坂本拓也に会いに行った。土日休みの直人と、土日仕事の拓也は休みが合わず、ならばと、土曜の夜に会えることを拓也に取り付けた形だ。じゃあ、AI《あいこ》や拓也と付き合い始めたルイも一緒にと拓也に言われたが、この日ばかりは2人で会いたいと拓也には伝えた。


 大晦日の夜、いや、正確には0時が過ぎ年が明けてから、いつもの夜のように一緒に時を超えるはずの愛が姿を消して、直人は自分でも驚くほど狼狽えた。その夜、何度も愛の新しいブログを探したし、愛と交流のあったゲストたちを思い出せる限り検索して回ったが、そのどこにも愛がいなかった。もちろん、KENこと坂本拓也のブログにもだ。


 さっきまで、ついさっきまで一緒にいた愛がいなくなり、これ以上愛を探す術を持たない直人には、KENに聞いてみよう。それしか思い浮かばなかったのだ。


 愛が消えてしまった。それが答えだと、頭ではわかっているつもりだったが、愛がいないことがこんなにも自分を不安にさせるとは思ってもいなかったのだ。だって、あまりにも急すぎるじゃないか。さよならだって、言ってない。感謝だって、ちゃんと伝えてない。


 ちゃんこ鍋を店名にした美味しい鍋を食べさせてくれるその店には、有り難いことに個室があり、直人はそこを予約して坂本拓也が来るのを待った。


 拓也が来たら、どう話を切り出そう。ずっとそれを考えていた。2人とも愛のブログのゲストではあっても、お互いの交流はブログ上では持っていない。が、直人がKENが拓也だと気付いているのだから、拓也も気付いているだろう。KENもクラウンフェスタに愛が来たことも、たぶん知っている。いや、愛から聞いているはずだ。


 それから5分と経たず拓也はやってきた。2人とも車なので、ここはノンアルコールとちゃんこ鍋でということになり頼んで、しばらくは直人と拓也の近況と、妹の美和の話やルイの話をしながら鍋を楽しみ、竹花愛子とはその後……そんな話になり、直人は箸を止め、ひと呼吸してから本題を切り出すことにした。


 自分がブログをやっていたこと、AIというブロガーと交流があったこと、そのAIというブロガーは拓也であるKENとも交流があっただろうということ、そして、一緒に移行すると約束していたのに、AIが消えたこと。KENは愛の行き先を知らないか聞きたいということを。


「NAOさん、今日、2人だけでと言われたとき、その話が出るのかなと思っていましたよ。NAOさんがお察しの通り、KENは自分だし、AIというブロガーと交流を持っていたし、MASATOさんがNAOさんだと気付いてもいましたよ。でも同じゲストが真ん中にいることで妙に気を使い、MASATOさんのブログに訪問しないでいたんです。それはNAOさんも同じじゃないですか?」


「そうですね、なんとなくタイミングを逃したということもありますし、知り合いの2人がAIさんのところに出入りしてると、他のゲストさんも気にする人がいるかもしれないと思ったんです。というか、やっぱりKENさんも気付いてたんですね。じゃあ、ブロガーのAIさんがクラウンフェスタに来てくれたこともご存知でしたよね?」


「はい、来てくれた話はしましたよ」


「どの人がAIさんなのか、わかりましたか?」


「いえ、どの人がAIさんなのかは自分にもわかりません。……AIさん、消えてしまいましたね。KENにも、AIさんは移行するつもりだって言ってましたが」


「消えてしまいました。毎日のように交流をしていたし、移行もすると話していたのに、なぜ消えたのか……わかるような、わからないような、そんな感じでして、KENさんはそのことについて何か聞いていないかと思って……」


「AIさんとの交流は長いんですか?」


「そうですね、昨年の3月からですから10ヶ月近くですか」


「毎日のように交流していて、クラウンフェスタにも来てくれてて、ということはNAOさんは自分のことをある程度AIさんには教えているということですよね?でもAIさんは自分のことを教えてはくれない。それでこんな消え方をするということには、何か理由があるんじゃないですかね?まあ、ネットの中で知り合った人と実際に会うって、かなりハードルは高いですけど。でもNAOさんはどう見ても怪しい人ではないですけどね」


 そう言って拓也は笑った。


 でもそうか、言われてみれば確かに何かしら理由があるはずだ。なぜこんな消え方をしたんだ?一緒にと言いながら、『出会えてよかった、大好き』という言葉を残して消えた理由とは、いったい……


「もう一つ、聞いてもいいですか?」


「あ、はい……」


「もう一人のAIさん、竹花愛子さんとはその後……お付き合いされているようだと耳にしていますけど」


「変な言い方になるかもしれないんですけど、ブログの中にいるAIさんのことがとても気になっているんです。いつも真摯に自分の話に耳を傾けててくれて、素敵な人だと思って、ずっと交流を続けたいと思っていて……会ってみたいという気持ちもあります。でも、AIさんは現実の場にはいなくて、愛子さんは目の前にいて、愛子さんに惹かれている自分もいて……でも、このまま愛子さんと付き合っていいものかどうか、実際迷ってもいて、いっそ今の感情を話してしまおうかとも考えるんですけど……」


「他に気になっている人がいると?」


 その言葉に頷くと、拓也は思いがけないことを言い始めた。

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