第161話目 交流111 MASATO

 手順は何度も確認した。新しいサイトへの移行準備ができ、今夜23時55分、愛さんと共に新しいサイトへ移行する。まあ、手順と言っても、クリックするだけなのだが、押したらどうなるのかと、ふいに押しそうになることが今は怖い。つい押したら、そこで移行作業が始まってしまうのだ。そんなことしたら、今夜ここで愛と話すことができなくなるのだ。それだけは避けなければならない。2人で一緒にという、互いの希望を叶えたいのだ。


 そんなわけで、直人は押したつもりで、既に移行したゲストたちの新しいブログへと飛び、コメントを入れ使い方ももうバッチリのつもりだ。そして新しいブログではじめて書く記事を下書きして保存した。


 今夜、一つだけ大きな賭けをしようと思っている。それは、愛が直接、直人と連絡が取れるよう、スマホの電話番号とラインのIDを愛のゲストページに届ける。そうしてそこで会話ができるようになれば、新しいブログのメッセージの機能を使わなくてもやり取りができるようになる。愛に教えてくれとは言わない。自分のを伝える。愛が直人と繋がりたいと思えば、いつだってできるのだ。その辺、愛任せなのかと思われるかもしれないが、愛の連絡先を教えてくれと言って、もし断られたらと思うと、拒否された現実を受け止める自信が自分にはないのだ。


 そして、これにはもう一つの思惑がある。


 愛がブログから出てくる気があるのかどうかということを見極めたいと思っているのだ。そこにはやはり愛子の存在が大きい。愛が直人との交流をブログの中だけにという気持ちから出ないのであれば、直人は現実の場とブログとを分けて考えたほうがいいのではないかという気持ちに傾きつつあった。どんなに愛を想っても、愛が現実の場に現れてくれなければどうすることもできない。ゆっくりでいい……確かにそう言った。けれど、あれから何か月が経っただろうか……待つことは大して苦だとは思わないが、それはあくまでも待った先に未来がある場合だ。


 ……そうした理由をいくつ並べても、本当は愛を、ちゃんとした存在として自分の前にいる愛に、溢れる想いを受け止めて欲しいんだ。


 大晦日の夜、今夜は例年通り友人と初日の出を見るために山に登ると愛子に伝え、それならば私はお節の手伝いをという愛子とは、明日、初詣に行く約束をした。これでいい。今夜は愛と過ごすための、大切な時間なのだ。



 『直人さん、年越し蕎麦って一人でも食べる?いつ食べる?友達の間でその話になったんだけど、私の家ではいつも夕食に蕎麦を食べるの。他にも夕食でって子もいたんだけど、お昼ご飯で食べるって子もいたんだ。他にね、年越し蕎麦なんだから年を越しながらだよって子もいてね、毎年0時前から食べ始めるって言うんだよ……そんな時間にお蕎麦食べたら眠れなくなりそうじゃない?(笑)』


 『年越し蕎麦ね、蕎麦も美味しいよね(笑)実家にいる頃は愛さんのとこと同じで夕食に食べてたよ。独り暮らしになってからはお昼に蕎麦屋でってことが多いかな。大晦日は夕飯の時間に蕎麦屋もやってないところが多いしね。そんなわけで、今日の昼は天ぷら蕎麦を食べてきたよ。年越しの準備はバッチリさ(笑)そういえば自分の友達の中にも年越しの時間に食べるって人もいたよ。そいつのところはその時間に蕎麦を食べて、それから家族で初詣に行くって言ってた。夜中の時間だけど初詣に来る人も多いみたいだね。という自分も、ちょっと寝てから山に登るんだけどね(笑)』


 こんな何気ない会話も、この静かな夜にはなぜか心に沁み入ってくる。テレビの音はしている。けれど外はとても静かだ。時々上の部屋の物音もするが、それすら静かな夜の中に吸い込まれ消えゆくようにさえ感じる。


 『そっか、年越しの時間にお蕎麦を食べて、寝ないでそのまま初詣に行くって、そんな年越しをする人もいるんだね。もしかしたら私の友達もそうだったのかも。私もね、中学生の頃に0時過ぎた頃に神社に初詣に行ったことがあったっけ。あのときは……あっ、これ書いちゃって大丈夫かな?直人さん、妬かない?(笑)』


 『え?なになに?その思わせぶり、気になります!あのときは、何?』


 『好きな人がその時間に行くって聞いて、友達と一緒に行こうって話になって、でもそんな時間だから、結局母同伴で友達と行ったの。でね、タイミングよくその好きな人も友達と神社にいて、4人でお詣りしたって話でした(笑)あっ、もちろん母は一度一緒にお詣りして、友達いたからってことで車で待ってもらってたから、本当にお詣りしただけで、すぐにバイバイしたんだけどね。今になってはいい思い出です(笑)直人さんは?その時間に初詣って、ある?』


 こんな他愛無い会話を何度かやり取りをしたあと、23時を超えた辺りで、『新しいゲストページを入れるね』と断りを入れ、自分の電話番号とラインIDをそこに書いた。もし上手く移行できなかった場合の連絡先というひと言を付け加えて。……ついでに、『直人の声が聞きたかったらいつでもかけてよ(笑)』と、冗談だよとも見える笑いをくっつけて。


 『直人さん、教えてくれてありがとう。今、保存しました。これでいつでも直人さんと連絡が取れるね。嬉しい……ここで直人さんと出会えて、本当によかった。なんていうか、上手く言葉にできないんだけど、私の世界は明るくなりました(笑)もちろん物理的な意味じゃなくて、気持ちの問題なんだけどね、なんていうか、いつも心に小さな火が灯っているような、そんな温もりにいつも包まれていました。その灯された火は、きっと一生消えないと思う。常に私を温かくしてくれる火です』


 それと同じ火が、自分にも灯っていると、直人は声に出して伝えたいと思ったが、愛からは、じゃあ私の連絡先も……とはならないようだ。やはり少し寂しい。


 『今ね、すごく静かなんだよ。大晦日の夜、テレビの前で年越しを待つ人も多いはずなのに、外からは静かな音しか聞こえてこない。だからかな、自分の心にも愛さんと同じように、小さな火が灯っていて、寒い夜だけど心だけはあったかいよ(笑)この小さな火も、2つ合わせたらもっと大きな火になって、もっと2人を温めてくれるはずだよ。今、あなたが直人の腕の中にいて2つの火が一つになったら、寒い夜も寂しくなくなるのに。2人の火を一つにしたら、たくさん燃え上がって、もう二度と消えることなどないと信じられるのに……』


 『二度と消えることなどないと、私も信じられるのに……直人さん、ありがとう。大好きだよ、直人さん。そろそろ時間だね。一緒に行こう』


 『そうだね、一緒に……一緒に行くんだよね……』


 この不安な感じ、なんだろう。今の愛の言葉がなぜか不安を呼び起こす。『ありがとう、大好き』その言葉がなぜか不安に感じる。


 『愛さん、一緒に行こう。カウントダウンが始まるよ、一緒に……5、4、3、2、1……愛さん』


 書きながら、その数字を数えながら、直人は移行ボタンを押した。


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