第158話目 交流109    

 『ブログのタイトルとハンドルネームは絶対に変えない。そうすればすぐに見つけられるはずだしね。どう?』


 直人のそんな言葉に『そうだね』と返事をした。


 私は今夜、いくつ嘘をついただろう……


 直人の誠実さに応えたい。愛の誠実さを信じて疑わない直人に、誠実なままでいたい。強くそう思いながら、この先、愛が消えることで直人を傷つけることを知っている愛美には、ここから先、直人につく嘘は、真実で直人を傷つけないためのものだと自分に言い聞かせた。それは本当は、愛美が直人に拒絶される恐怖から逃れたいためのものだともわかっていた。


 どこまでも自分に都合よくするためのものだ。


 本当は直人のためなんかじゃない、嘘は愛美自身のためだ。


 だから、この頃から愛美は一つ心に決めていた。


 いつか自分に拒絶される恐怖を受け入れる準備ができたら、いつか愛美が愛だと直人に告げよう。罵られ、罵倒され、否定されて拒絶される……愛した人から受けるその感情を、いつか受け入れる勇気が愛美に持てるだろうか。


 こんなはずじゃなかった。


 ただ、ブログに興味を持ち、たまたま知ってる人を見つけたことで、知ってる人と交流するということが、一つの安心を買うという、そんなつもりなだけだったのに、こんな場所だからこそ知ることができた真崎直人という人の心の中身に、こんなにも惹かれていくなんて……これが知らない人が相手だったら、愛美の心もここまで動くことはなかったのに。


 『うん、もちろんタイトルもハンドルネームも同じままだよ。こんなふうにギリギリまでここに粘る人が他にもいるかもしれないし、大勢が移行操作したらスムーズにできるかわからないもんね。あっ!大晦日の話をしていて、大事なことに気付きました。直人さんは大晦日の夜には山に登るんじゃなかった?その日の0時直前に移行操作って、大変じゃない?』


 大晦日に山に登ることを忘れてたわけではない。これはいわゆる話題を作るという作業だ。直人のことで何か忘れるなどあり得ない。直人が話してくれたことならなんでも覚えている。直人の返事はきっと、それが終わってから出かけても十分間に合うよ……だろう。


 『ははっ、大丈夫さ(笑)初日の出には十分間に合うよ。なんかさ、まだ振り返るのはちょっと早いんだけど、今年は本当にいろんなことがあったなと思うよ。いろんなことがあって、今、ここでこうして愛さんがいる。今までの全部に感謝したい気持ちだよ。あっ、それとね、話ておくんだけど、クリスマスイブの夜はね、毎年恒例のイブコンサートに行くんだ。これは毎年休みに入ってるときだから早めに行って観光も楽しめていいんだ。そんなわけで、イブの夜はここに来るのが遅くなると思う。先に言ってくね』


 イブか。もうそんな話が出てくるんだな。……と、大晦日の話をしてるのにその前のイブの話が出て、もうそんな時期かと思うのもおかしな話だが。


 直人のイブは毎年恒例のイブコンサート。それを聞き、もしかしたら誰かと一緒なのではないかという思いが頭をかすめた。たぶん去年は、その結婚を考えていた人と一緒だったのだろう。去年だけではなく、その前も、その前も……やめよう。終わった時間のことを嫉妬するなんて意味がない。意味がないどころか、消える愛には嫉妬する資格すらない。むしろ、そんな日を一緒に過ごす人がいたほうが、直人にとってはいいのだ。


 『イブね。私は今年も家でケーキを焼くかな。なんかね、もう習慣になってて、家族も私がケーキを焼くものだと思い込んでいて、ケーキを頼むことなんてしてくれないんだよ。たまにはさ、ケーキ屋さんのクリスマスケーキも食べたいよね(笑)今年はどうしようっかな……普通のイチゴショートもいいけど、チーズケーキも捨てがたいし、チョコのケーキはないかな。私はチョコは好きなんだけど、チョコのケーキはあまり食べないんだ。チョコはチョコだけで食べたい派です(笑)ところで、コンサートは観光もっていうと、どこに行くの?』


 『今年は名古屋なんだ。だから着いたらまずは味噌カツを楽しもう(笑)それからはまだ考えているところだよ。動植物園で動物に癒されるのもいいし、お城で歴史を感じてくるのもいいかなと思ってるんだ。日常から離れて、知る人がほんどいない空間を楽しもうと思う。って、知る人がいない空間って、普通にこっちでもあるんだけど、こういう仕事をしていると、いろんなところで自分が気づかないだけで、自分を知ってる人に気付かれているんじゃないかなと思うことがあるんだ』


 ドキリとした。


 自分が気づかないだけで、自分を知ってる人に気付かれているのではないかと思うことがあるとは、まさに今、愛美がここにこうしていることがその現実を物語っていた。


 胸がざわついた。やはり直人は自分を知る人に知らないところで気付かれているかもしれないことを嫌だと思う感情があるのだ。直人が、愛が愛美だと、自分を知っている人だったという現実を、きっと受け入れられないだろう。受け入れられないのではなく、受け入れないのかもしれない。


 愛が、愛美が抱えた大きな罪悪感は愛なのだと、いつか直人に伝わる日は来るのだろうか……

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