第159話目 真崎直人3
イブの日にはコンサートに行くというのはここ数年の変わらない予定だった。去年までは塔子とだったが、今年は一人きりだ。今年はどうしようかと思ったが、今までは自分の好きなバンドのイブコンサートに塔子を連れて行くという形だったため、まず塔子は自分以外の人とこのコンサートに来るはずもないと思ったし、やはり好きなバンドのコンサートはできる限り楽しみたい。そういったわけで、一人分のチケットを購入してあったのだが、これはある意味、今の直人には幸いとも言えた。
やはり愛子とはクリスマスはどうする?といった話題が出る。
~そのことなんだけど、イブは名古屋にいるんだ。好きなバンドのイブコンサートがあってね、一人きりの予定だったからチケット一人分しか取ってないんだ。だから、ごめん!一緒に過ごせないんだ~
愛子との関係が一歩進んだ時には、既にこのコンサートのチケットを予約してあったため、イブに一緒に過ごせないことを自然と伝えられることに直人はホッとする気持ちがあった。状況としては、付き合い始めた感のある2人ならば、この日は一緒にと言わなければならないというおかしな風潮があることを今まで疑問を持たなかったが、やはり塔子と別れた今、この日を誰と過ごすかということに、直人はあまり重きを感じていない。
ただ、愛に対しては夜遅くなっても言葉を交わしたいという思いがある。
愛子からのラインの返事は、そうか、そういうことも『恋人』ならば言い出してもおかしくないのかという返事だった。
~そっか、じゃあ一緒に過ごせないのかな……あのね、25日は休みを取ってあるんだ。こういうこと自分から言っちゃうの恥ずかしいかなと思ってたんだけど……イブが無理なら25日には一緒にいられる?~
そうだよな……直人は顔を思わずしかめた。やはり愛子も考えていたんだな。そりゃそうか……こんなラインを読んでしまうと、また直人の心が疼く。こんな素の愛子の恥ずかしがるラインで知る愛子の想いを嬉しいと思う自分もやはりいる。これもどうしようもない心情だ。
~うん、もちろんだよ。25日は一緒に過ごそう。朝一で帰ってくるようにするからさ、どこかにドライブにでも行く?それとも映画とか?~
~よかった。一緒にいられるならどこでもいいよ。ドライブって、直人さん疲れない?~
一緒にいられるならどこでも……か。嬉しいや。なんだ、この泣きたくなるような感情は。
当たり前だけど、愛とこういう会話はない。できない。愛がいるのはどこだ?あそこは、仮想の空間なのか?現実にはできないのだろうか?愛は姿を見せてはくれないのだろうか?なぜだ?なぜなんだ?愛にとって、そんなに真崎直人という人物は信頼できないのだろうか……
~疲れないよ。でも一緒でも映画だと人混みだね(笑)~
~私もね、そう言おうと思ってた。2人だけがいいかな~
可愛いや。こういうこと愛子も言っちゃうんだな。ラインを送り合うようになり、唇を重ねるようになり、そのたびに知る愛子の素顔は、直人に可愛いと思わせるものばかりだった。コンサートの予定があり、イブの日に愛子と一緒にいられないことは直人にとって幸いだった。その日に誰かといることに重きを置かないと思う気持ちはあるが、愛子といたら、多分、間違いなく結ばれるだろう。ギリギリのところで踏みとどまっているのは、心の中に愛の存在を感じているからだ。愛は……自分は愛を手に入れることはできるのだろうか?クラウンフェスタで会えたなら、なぜ、愛はNAOの小指に触れてくれなかったんだ……
~じゃあ、ドライブに行こうか。どこがいいかな……行きたいところはある?~
~行きたいところ……ここってこともないけど、海が多いからたまには山とか?~
~そうだな、じゃあ富士山の方に行く?寒いし、ほうとうとかどう?それと、実はまだプレゼントを用意していないんだ。名古屋に行った時に見て来ようと思ってたんだけど、なんならAIさんが欲しいものを一緒に見に行くっていうのもいいかなと思ったんだけど、どう?~
クリスマスプレゼントも用意したほうがいいなと思いつつ、イブに会えないのだから、その日にどうしようかという話にならなければ急ぐこともないかと、自分に都合のいいように捉えていた。
~嬉しい。私のこと考えてあれがいいいかな、これがいいかなっていうのも嬉しいけど、欲しいものをって思ってくれるのがすごく嬉しい。ほうとも食べたいです。25日、すっごい楽しみにしています~
すっごい楽しみにというその言葉選びも、直人の心をくすぐるには十分だった。愛さんが出てきてくれないならば、愛子と……愛は手が届かないなら、手を伸ばしてくれる愛子と、そんな都合のいいように考える自分に嫌悪感を抱くが、霧の中にいるモヤのようなものが常に身を纏っているような感覚が、自分の視界を不鮮明にしてしまっている。そんな感覚に陥っており、その中でもクリアな一つが愛子で、霧が晴れたそこにいる愛子が、今は一つの救いのように思えてならなかった。
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