第156話目 交流107

 12月も1週間ほど過ぎた平日、推薦で受験した大学からの合格発表があり、学校にいた愛美は担任から合格を知らされた。談話室から担任の増本と出てきたところに、タイミングよく真崎先生が通り、『おっ』という顔をした。


「あっ、もしかして寺井さん……」


 寺井さんと言いながら、真崎先生は、最初は愛美に向けた視線を増本に向けた。おい、聞くのはこっちだろと心の中でツッコミながら、増本に視線を移すと、増本の視線も愛美に向き、答えていいか?とでもいう顔をした。


「受かりましたよ。こいつ急に進路を変えたんで、間に合ってよかったです」


「そうか、よかったな。おめでとう」


「ありがとうございます。これで安心して卒業を迎えられます」


「もうそんな話が出てくるんですね。増本先生が寂しがりますよ」


 笑顔でそう言いながら、「じゃ」と、真崎先生は職員室に向かって行ってしまった。


 今日、愛が受けた試験の合格発表だということを、直人は知らない。愛がちゃんと教えてないからだ。直人に発表はいつかと聞かれたとき、『1か月後かな』とぼやかしておいたのだ。直人は愛が寺井愛美だとは全く気付いていないし、同じ学校にいる生徒だとは露ほども思ってはいないが、こうしてどこで寺井愛美が受けた試験の合格発表の日時を知ることがあるかもしれないし、そうした場合、それが愛と同じ日であることで、その共通点から何か疑いを持つなんてことがあってはいけないと思い、慎重にしなければと思っていたのだ。


 本当は、一刻も早く直人に合格を伝えたい。愛のために長い階段を自分の足で上り、試験当日にはお守りを身につけ祈ってくれた直人に、すぐにでも伝えたいが、今日、それは出来ない。まあ、たとえ今日報告したとしても、寺井愛美の合格と、愛の合格を結び付けることを直人はしないだろうけど。


「寺井、もしかして、ここに戻ってきたいとか思ってる?」


「えっ?どうしてですか?」


 ヤバイ、増本がここにいるのに視線が真崎先生を追ってしまったか。


 愛美は増本のそんな問いで、自分がどんな顔をして真崎先生を見ていたのかと思い、焦った。


「ここにっていうか、こういう仕事も選択肢に入れておこうかなと思っただけですよ。製菓の業界も競争が厳しそうだし、好きなだけでっていう理由の選択だけじゃないほうがいいかもしれないなと……先を見据えての選択です。でも、もしそういうことがあったら、その時は力になってください」


 とりあえず冗談めかしに手を合わせてそう言っておいた。


「ははは、そんな権限持てるほどになってりゃいいけどな」


 増本はそう言いながら、真崎先生と同じように、職員室に戻って行った。



 その晩、直人の書き込みの中に、Tさんが推薦で受かったことを書いて寄越したのは、予想通りだ。直人は話題の一つのつもりで、やり取りの途中でそれを書いてきたのだろうが、それを受けて愛美は、同じ日の発表ではない印象を植え付けるため、こんなコメントを書いた。


 『Tさん?よく話に出てくるTさんね(笑)彼女も試験を受けてたんだね……っていうか、高校3年生って、ちょうど試験の時期の子も多いもんね。Tさん合格だったんだね、よかったね。直人さんの学校の生徒さんたち、みんな希望の進路に進めるといいね。なんか私も頑張らなくっちゃって、改めて思いました(笑)』


 私の言葉を一つも疑うことない直人は、このコメントを読んで愛と愛美が同一人物だとまず思わないだろう。嘘はついていない。書かないだけで、嘘じゃない。仕事に必要な試験を受けると書いたときだって、嘘じゃない。仕事に必要になるだろう試験なのだから。ただ……仕事が試験勉強になるという、そこだけは……嘘、だったかもしれないけど。


 ……でも、もし直人が寺井愛美が愛だと知ることがあった時、直人は愛に噓つきだと言うのだろうか……


 『そうだね、生徒たちが進路が決まって喜んでいる姿を目にすると、自分のその頃と重なって、ああ、自分も大学に受かった時、こんな感じだったなと思って、自分ももっと頑張ろう!って思うよ。ここが人生の、それも大きな一つの分岐点になるのかなと、そんなことも思うんだ。ある意味、ここではじめて自分の意志で将来の選択をする子もいるんだと思うと、大袈裟じゃなく、みんなに幸あれとか思うよ。人生って言葉、人が生きるっていうことは、いろんな出会いがあるじゃん?最初は親の存在から派生する出会いが多いんだけれど、そうした中でもたくさんの出会いがあって、出会うことは選べなくても、出会った人と縁を結ぶという意味では、自分の選択がそこにあるんだろうと思うんだ。そうして、取捨選択をしてきて、今、自分はここに存在している。自分という人が生きてきて今ここにいて、ここで愛さんと出会って、この出会いは、直人は自分で選んできた結果がここにあると思ってる。まあ、結果というか、まだ人生の経過の途中なんだけどね(笑)と、それこそなんだか大袈裟な話になったかな?(笑)自分は、愛さんと出会えて、今までの取捨選択は間違っていなかった。そう思っているよ』


 私は、どう取捨選択をしたらいいのだろうか……


 愛美は直人の言葉の中から、自分の答えを探してみた。いや、自分の答えを迷い始めたが、考えれば考えるほど、やはり堂々巡りになる。愛は、取捨選択をして直人を……この言葉を使うならば、『捨てる』ということになる。捨てたいわけじゃない。できることならば……


 『うん。私も、意識してきたわけじゃないけれど、いろんな取捨選択をして、今、こうして直人さんを想っている。私の取捨選択も、間違っていない。もし、私がいつかそれを間違うとすれば、それは私が直人さんを……想っているから。覚えておいて……私が直人さんを想う気持ちには、嘘は一つもない。直人さんとの縁を、結んでいきたい。ずっと』


 ここでこんなふうに一緒の時間を過ごせるのも、あと半月ほどだ。どれだけ想いを伝えたら、想いの全部が本当だと届くのだろうか?その日が来た時、直人は愛を疑うだろうか?悲しむだろうか?悲しんでくれるだろうか?それとも、憎しみが生まれるのだろうか?


 直人。



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