第155話目 交流106 MASATO

 クラウンフェスタ最終日、愛が思い立って急いでチビNAOを作って届けた気持ちが理解できた気がした。


 昨夜、愛が月曜に試験だと聞いたとき、愛のために何ができるか考え、そうだお守りだ、神社に愛の試験の合格を祈ってこよう。そう思った。ああ、愛もこんな気持ちだったんだろうなと想像できた。心の中だけで合格を祈ることだってできるし、その気持ちを愛は信じて受け取っているだろうと思ったが、何か目に見えるものを届けたい。そう思ったのだ。


 この人のために何かしたい。愛のために何かしたい。その気持ちは、愛の心を動かすことにならないだろうか。パソコンの中だけではなく、直接直人に会おう……と、そう思ってもらえたら、愛を手に入れることができるかもしれない。


 そこまで考えた時、思い浮かぶのはやはり竹花愛子の存在だ。塔子の話をして誤魔化そうとしないで、ちゃんと自分の今の気持ちを話してみようか。塔子との別れで心の整理がついていないなんて、そんな嘘はつくべきではなかったのだ。その塔子の存在を心から消してくれた人がいるのだと。


 ちゃんと話せるだろうか……愛子を前にした時、この人も失いたくないと思ってしまわないだろうか。自信がない。卑怯だと思われても、愛子にも……心が惹かれ始めている。


 結局、行き着くところは同じだ。愛が現実にいないのならば、愛を想い続けても手に入らない。愛子は現実にいて、直人を愛し始めている。


 手に入らない愛と、手に入る愛と、どちらを望めばいいのだろう?


 昨夜、愛に『おやすみ』を書いてからも、~今日のことを思い出して、ドキドキしてなかなか眠れないの~とラインをよこす愛子と、あきらかに今までの業務めいたものと違う内容のラインを送り合った。それは何かを超えたことを意味していた。


 『愛さんにも見せたくて』


 そう書いて送った夕陽を、愛は喜んでくれるだろう。いつか一緒に見られたらいいな……そんな言葉も書いてくれるのだろう。


 その日は、本当にくるのだろうか。


 『直人さん、今日はお守りありがとう。それと、こんな素敵な夕焼けも見せてくれてありがとう。あの長い階段を下りながら撮ったんでしょ?高いところから見る景色はこんなに素敵なんだね。感動しています……感動といえば、直人さん、あの階段を上って上まで行ったんだね。大変じゃなかった?あそこ、車で上まで行ってロープウェイでも行けるんでしょ?なんかね、階段を上って行ったんだってわかって、すごく……嬉しいの。合格を祈りながら一段ずつ上ったんだなって思ったら、絶対合格してやる!!って、なんか、力が漲ってきました(笑)嬉しかった、本当にありがとう』


 ふっ、愛さん、一緒にって書かないや。愛がそう書かないことに対して意味はないはずだ。ただ、そう思っても書かないだけだろう。そういうことも、わかってしまう。けど、今日は書いて欲しかった。愛を想う心を救って欲しい……


 愛さん。


 どうしたら、どうやったらあなたを手に入れられるのだろうか。


 『うん。階段を使って行く方を選んだんだ。簡単に行けるほうを選んじゃいけないような気がしてね、少しでも大変な方を選ぶことで、願いは届くような気がするし、なによりも叶った時の喜びも大きくなると思ったんだ。明日、1日中お守りを身につけているよ。1日中、愛さんのために祈っているよ。階段を下りてくるときに見たこの夕陽の景色、愛さんに見せたいって思ったんだ。いつか……愛さんと一緒にこの夕焼けが見られたら……直人はそんなこと思っていました』


 自分で書いた。自分の迷いや悩みや不安や、ともすれば愛子に向いてしまいそうな心を愛の力で愛のところに引き留めておいて欲しいと、そう願って。


 『うん。いつか一緒に……直人さんとその夕焼けを見たいです。……でも、そんなにたくさんの階段、上れるかな?自信がないです。上るのに時間がかかり過ぎて、直人さんに、まだか!?って言われそう(笑)そんな大変な階段をたくさん上って祈ってくれた直人さんの気持ちが本当に嬉しい。……大好き、直人さん』


 大好き。愛さんがそうして言葉にしてくれるたび、心にまた一つポッと温もりが灯る。この灯りをどれだけ集めたらいいのだろう。集め過ぎて燃え尽きてしまいそうで怖い。燃え尽きる前に、愛さん……


 『どんなに時間がかかっても、愛さんのペースで一緒に上ればいいよ。まだか!?なんて絶対に言わないよ。ゆっくり、愛さんと一緒にいることを噛み締めながら上るさ。必要なら直人の手も貸すよ。愛さんの背を、愛さんのペースに合わせて押しながら、2人で行こう』


 『今夜の直人さんは、なんだか……熱いです。熱を感じる直人さんの言葉で、私の身体も熱くなっています。直人さんに背を押されながら……うん、一緒に行きたい。明日、頑張るね。いい報告ができるように、楽しみに待っていてね(笑)素敵なお守り、ありがとう』


 その夜は、いつもより早く愛との会話を切り上げた。明日試験なのだから、睡眠不足にだけはさせてはいけない。


 その間にも、幾度となく送られてくる愛子からのラインにも返事を入れていた。自分は1人しかいないのに、まるでそこに自分が2人存在しているような、そんな感覚に陥っていた。直人で愛を想い、NAOで愛子を想う。都合よく使い分けているのかとさえ思えるほど、嫌な自分だった。


 直人はその晩、深い自己嫌悪に陥りながら眠りについた。夢に出てきたのは、愛でも愛子でもなく、人生を共にと思っていた塔子だった。


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