第154話目 交流105
なくなってしまうことがわかっているからこそ、より大切になるこの場所に、愛美は翌日日曜も、明日の試験の勉強だと家族には言い、遅めの朝食のあと部屋に戻ると、早速ブログを開いた。まあ、開いたとしても直人から書き込みがあるとは限らないのだけれど。
いつもの休日と同じように、ブログチェックをしたり読書をしたりという、クラウンフェスタで外に出ていた休日とはまるで真逆な、家に籠るいつもの休日だ。昨日も美菜には一緒に図書館にと言われたが、試験が近いからと断りを入れた。先週末もだったが、しばらく美菜と行かなければ、そのうち美菜も坂本拓也にクラウンフェスタの話を振ることもしなくなるだろうと思ったからだった。
美菜は先週末、愛美に断られたため中学でできた友人を誘って図書館に行った。美菜は中学生になると、そうして同じ部活の友達と休日を過ごすことが多くなった。中には図書館に一緒に行ける読書好きの友達もいて、愛美とばかり行動することも減っていた。
愛美の予想通り、その日に美菜は図書館で坂本拓也にクラウンフェスタの話をした。坂本さんがどんなクラウンになったのか知りたがり、お姉ちゃんもクラウンフェスタを見に行ったんだと話のネタにもされたようだ。美菜の話では、坂本さんは愛美には気づかなかったと言っていたようだ。そんなわけないだろ、一緒に写真まで撮ったではないか。それは愛美がそこにいたことに坂本拓也は気づいたことに他ならないではないかと、心の中でツッコミながらも、気付かぬ振りをした坂本拓也は、愛美にKENが自分だと知られたくないと思っているのだろうと想像できた。それは、ブログで交流を持つAIが、寺井愛美であることを知られたくない愛美にも都合がよかった。
愛美はKENが坂本拓也だと知っていることを、KENこと坂本拓也は知らないと思っていて、KENこと坂本拓也は、ブログのAIが寺井愛美だと知っていることを、愛美は知らないと思っている。2人揃って、気付かれていることを知らないのだ。
そんな坂本拓也と、図書館でしばらく顔を合わせなければ、美菜と一緒にそこに行かなければ、クラウンの話などそのうちしなくなるだろう。それを愛美は待つことにした。
そうして、美菜が受け取ってきてくれた予約してあった本を開くと、あっという間にそのミステリーに引き込まれた。
余白ごとにパソコンのF5キーを押しながら、遅めの昼食に呼ばれるまで集中して本を読んでいた。明日が試験なのにと思わないでもないが、小論文の練習は相当数したし、前日に焦ってまでするのは逆によくない気がして、リラックスを心がけようと思ったのだった。
午後は、さすがに1日中ブログを開いているのもどうかと思い、朝、美菜がクレープが食べたいと言っていたことを思い出し、クレープを焼くことにした。いつものように、キッチンにはバナナが買い置きしてあり、それを使わせてもらうため、買い物に行く母に新しいバナナが必要だと話しておいた。
そうして焼いたまだ仄かに温もりのあるクレープを生クリームとバナナとチョコを包む前に冷蔵庫で寝かせ、自分のために、一番最初に焼いたクレープに生クリームとチョコを挟んで包み、アイスコーヒーを持ち部屋へ向かった。
おやつを楽しみながら読書の予定だったが、日曜でもあるし、もしかしたらという気持ちもあり、またブログを開いた。すると、新たな書き込みを知らせるNEWの文字を見つけた。
愛美は期待と共にそれを開いた。……やはり直人だ。
開いた瞬間目に入ったのは一枚の写真で、小さな桐の箱と思われるものが開いてあり、そこには白地のお守りがあり、合格祈願守と書かれていた。
『こんなことくらいしかできないけれど、これを愛さんの手に届けることはできないけれど、明日はこのお守りを1日中身につけて、愛さんが合格するように祈っているよ』
えっ、お守り?……もしかして、今日、これを買いに行ってくれてた?
愛美はその霧の小箱に目をやった。そこに書かれた神社の名前はとても有名なところで、そこまで直人が足を運んで、愛のために祈ってくれたことを知り、胸が熱くなった。直人の想いをそこに感じたからだ。
投稿時間に目をやると、まさに今、投稿されたばかりの時間だった。
『直人さん、直人さん……ありがとう。本当にありがとう。そこまで行って祈ってきてくれたなんて、驚いちゃったし、直人さんの気持ちがすごく伝わってきて、嬉しい……すごく嬉しい。絶対絶対明日頑張らなくっちゃって、改めて思いました。明日1日直人さんがお守りを持って祈ってくれていると思うと、すごく力がもらえると思えるし、嬉しくて顔がニヤケてしまいそう(笑)直人さん、本当にありがとう』
『あ、愛さん、ブログ開いてたんだね。自分、今まだ山の上にいるんだ。すぐに愛さんに届けたくて急いで書き込みしてしまいました。山の上、気持ちがいいよ。景色も綺麗だし、青空に海が映えて、こんな気持ちいい1日を過ごせたのも、愛さんのお陰だね(笑)こちらこそありがとう。もう少し神社をブラブラして、夕暮れが始まる頃に階段を下りようと思うよ。愛さんのお陰で、きっとすごく綺麗な夕焼けを見られると思う。じゃあ、また夜に来るね』
えっ?階段を下りる?……まさか、直人さん、階段で登ったの?あそこって確か……
愛美はテレビでしかまだ見たことのないその神社が、山の途中にあり、麓から行くとなると、階段は1000を超える数だということを知っていた。山の上にはロープウェイがあり、車で行きそれを利用して神社に向かえることも知っていたため、そちらを利用したのだと思っていたが、どうやら直人は階段を上ったようだ。
直人は、下から一歩ずつ階段を上り、その一歩ずつを愛のために祈っていたのだろう。それを知った愛美は、本当に嬉しくて、嬉し過ぎて、だからこそ、これから自分が直人を傷つけるかもしれないことを思い、直人に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
直人の気持ちが嬉しい。直人の心遣いが嬉しい。そこに見える直人の心が、嬉しい。
愛美は愛に嫉妬し、直人を傷つける愛に怒り、愛になった自分を恨んだ。
夜になり、愛のゲストページに届けられたのは、オレンジに焼けた夕陽が海に沈む、とても美しい景色だった。
『愛さんにも見せたくて』
そう書かれた直人の言葉には、嘘なんて一つも感じられなかった。
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