第152話目 交流103 MASATO

 21時頃、愛子を送り届けると、直人はコンビニに車を止めた。今夜は飲みたい気持ちが強く、いつもとは違い500mlのビール缶を3本とナッツ類をカゴに入れた。


 愛子を送り届けてから、より強くなった罪悪感と高揚感をどうにか収めないと何かが心から飛び出してしまいそうなのだ。腹の減りはない。いや、腹というよりいっぱいなのは胸のほうか。


 直人は部屋に着くとビールを冷蔵庫に入れ、まずシャワーを浴びた。クラウンになった日に、クラウンでいる自分から素の自分に戻る時にするように、身体中を全部洗い流してNAOは直人に戻る。


 飲む支度をし、パソコンを立ち上げた。


 今日、愛さんとどんな話をしようか……画面が開く数秒の間にそんなことを考え、ログインしてブログを開いた。すると、新たな書き込みがある通知が表示された。


 『MASATOどの、お知らせ見ました?ブログ、どうします?』


 さつきだ。……と、お知らせ?なんだろう。


 直人はさつきの言葉になんともいえない胸騒ぎを覚え、急いでマイページに戻ると、運営からのお知らせという表示にNEWがあることに気付きクリックした。


   いつもご利用いただきありがとうございます。


   ここ数年、ブログを始めるサイトが増え、


   こちらのサイトも利用者数を増やすため試行錯誤をしてきましたが、


   運営を続けていくことが厳しい状況になってきました。


   運営としても苦渋の決断となりますが、


   こちらのブログは年内をもって、閉鎖とすることとなりました。


   長い間、ご利用いただき誠にありがとうございました。


   これからのことに関しましては……


「えっ」


 直人は身体中から熱が引いていくことを感じた。愛さん、愛さんのところに行かなきゃ……


 直人は愛のブログに飛ぶと、ゲストページを開いた。すると昨夜のやり取りをしたところに、愛の書き込みを見つけた。


 『直人さん……お知らせ、見ましたか?ブログ、なくなっちゃう……直人さん、どうしよう。直人さん、どうしよう……直人さん、どうしたらいいんだろう。こうして直人さんと話す時間は私にとって今は何よりも大切な時間で、それができなくなる日が来るなんて、考えもしなかった。ううん、直人さんが言うように、今が永遠じゃないってことも、頭ではちゃんとわかってた。でもそれが本当にそうだって、今、現実に突き付けられてしまいました……直人さん、どうしよう、直人さんがいなくなってしまうなんて、嫌だ……絶対に嫌だ』


 ああぁ……罰だ。罰が当たった。これは直人に当てられた罰なのではないのか。今日、愛子との時間の針を進めてしまった自分への罰に、愛さんを巻き込んでしまった気がして、罪悪感は喪失感に変わった。


 このブログが閉鎖される。閉鎖されるということは、愛との時間が消えるということだ。そうだ、愛さんが消えてしまうということだ。嫌だ、それは絶対嫌だ。愛さんがここにいないと、自分を平静に保って行けるか自信がない。


 直人は改めて愛の存在の大きさを感じた。


 書き込みの時間を見ると昼を過ぎた頃だ。いつもは昼間でも愛の書き込みもチェックする休日だが、今日は違った。愛子と出掛けるために、愛のことを頭の片隅に追いやっていた。そうしないといけない気がした。そんなだったからすぐに気付いてやれず、今日、愛は不安を抱え待っていたのだろう。やはりこれは自分への罰なのだ。


 『愛さん、こんばんは。遅くなってごめんね。今、お知らせを見てきました。そうだね、ここがなくなるなんて、絶対に嫌だよね、そんなこと考えてもみなかったよ。でも愛さん、落ち着いて。運営がこれからのことを手配してくれているみたいだよ。他のブログへ移れるようになるみたいだし、切れてしまうことはないよ。どうにだって繋がっていけるはずだよ。それにね、もし、こんなふうに話せる場所がなくなってしまったとしても、自分がどこの誰なのか、愛さんは知っている。いつでも、会いに来られる場所に直人はいるよ』


 コメントを書ていて気付いた。そうだ、もしかしたらこれはチャンスかもしれない。愛さんとちゃんと出会うチャンスなのかもしれない。


 そう思った瞬間、愛子と過ごした今日が走馬灯のように押し寄せてきた。


 愛子と一線を引いた形にしておきたくて塔子の話をした。まだ心の整理がついていない状態だと話せば、先に進まない関係でいることも理解してもらえるのではと思ったからだった。が、思いがけず愛子の状況と似ていたことを知り、愛子の素直な気持ちが流れ込んで、思わず引き寄せてしまった。愛おしい……愛にも感じたその感情が、あの時湧き上がってしまった。


 現実。


 そこに現実を感じたのかもしれない。愛子はここにいる。愛は……会いに来てくれたけれど、姿を現してはくれない。仮想の中にいる愛。そこだって、現実なんだ。現実を生きる愛が画面の向こうにいるんだ、だからそこも現実だ。そう思う気持ちは今もある。が、あの瞬間、目の前にいた現実は愛子で、愛おしいと感じてしまった感情も、なかったことにしたくないと……思ってしまったのだろう……か。自分の気持ちがこんなにも自分にわからないことがあるなんて、思ってもみなかった。


 愛子にキスをしながら愛を想う。愛を想いながら、愛子を愛おしく感じる。


 やはり、俺は卑怯だ。


 でも、愛を失うのは嫌だ……絶対に。

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