第151話目 真崎直人2

 空の色がオレンジになりはじめ、車で灯台のある高台に向かった。向かったとはいっても、そもそもその灯台の高台に行く途中のカフェからなので、そこは目と鼻の先だ。


 週末土曜日のその場所は、あきらかにアベックだと思しき男女が数組いて、灯台のある場所からさらに上へ上がった丘でも、夕暮れを眺めるカップルがいた。


「素敵なところね、ここ、灯台があるのはわかってたんだけど、こんなふうになっているなんて知らなかった。なんか損した気分」


「じゃあさ、その損した気分をこれから埋めて行けばいいんじゃない?」


「うん。……損した気分だけど、こうしてはじめて来た時に一緒なのがNAOさんだから、それだけでもう損した分は埋まってます」


 ……可愛いことを言う。やはり愛子はこういう人だったんだ。自分は今までクラウンフェスタというものに向かっての光景しか見ていなかったのだと気付かされた。こんなふうに素直に感情を伝えられると、心が動きそうになる。いや、心は動いたんだ。それは愛に対してだ。愛さんも、こう言うんだろうなということを、愛子の言葉からも感じる。


「NAOさん、見て!人が出てきた」


 愛子の言葉に灯台に目をやると、そこから男女が出てくるのが見えた。


「あそこ、登れるのかも」


 そうだ。さっき聞かれたときは知らない振りをしたのだが、この灯台は登れるのだ。ただ、階段が細い為、一度に入れるのは一組だけで、入り口には順番を書く紙が置いてあり、そこに名前を書いて順番を待つ。


「行ってみよう」


 2人で灯台に向かった。知らない振りをしたのは、塔子と来た場所で、塔子との思い出がここにあり、そこに愛子を連れて行くことに罪悪感めいたものもあったからだ。それならなぜ近くのカフェに連れてきたんだという話になるが、それは話の流れでそうなってしまったという他ない。塔子と行った場所は数多く、それ以外の場所をそうは知らないということなのだが。


 灯台の入り口で順番を待つ紙には今から入る組の他にもう1組書かれているだけだ。よく来るカップルは毎回登るということもないのだろう。連休が明けての週末は、観光客も足を運んでまで来る街ではないということだ。


 順番を待つ間も海に反射する夕焼けが進むオレンジを高台で2人で眺め待った。そうしている間にも、夕焼けを楽しむ、或いは暮れた後の海を楽しもうとするカップルがチラホラ現れ、みな、灯台のある場所より高台に向かった。そうだ、その高台からの景色も、灯台に負けないほどの景色が見られるのだ。


 先程のカップルが出て、前に名前を書いてあったと思われる2人が入って行くと、予想以上に早く出てきてくれた。直人と愛子はその様子を見て灯台に向かった。


 灯台保護のためのご寄付をお願いしますという、灯台への通行料を紙の横に置かれて鎖で繋がれた箱に2人分の千円を入れ、そこに取り付けられた板をひっくり返し、「利用中」とし、螺旋階段を上った。


 その螺旋階段を上った4分の3ほどにある小さな踊り場にあるドアは開けてあり、そこから柵で囲われた外の通路に出た。それほど大きくなり灯台を一周できる通路だ。


「わぁ、素敵……こんな景色が見られる場所だったんだ。NAOさん、ここ素敵ね」


「うん、すごいね。夕焼けがこんなに大きく、海がこんなに広く見える。いいところだね」


 2人で海側に並んで、海に沈む夕日を眺める。これはもう、そうするべきシチュエーションだ。そうするというのは……そう、唇を合わせるベストタイミングだ。たぶん、愛子もそう思っている。……塔子とも、ここに来ると当たり前のようにそうしていた。灯台から海を眺め、2人以外誰もいない場所なのだから。


 先程の順番待ちの紙には、まだ次の名が書かれていなかった。直人は迷った挙句、少しばかり時間を取ってもいいだろうと思い、あの話をしておこうと決めた。


「ひとつ、話しておかなきゃいけないかなと思うことがあるんだ。実は……3月頃まで付き合ってた人がいたんだ。まあ、それなりに長く付き合っていた人で、将来も考えてた矢先、破局したわけだけど。そんなわけで、今、まだ心の整理をし切れていないかもしれないんだ。AI《あいこ》さんとの時間を大切に過ごそうと思う気持ちがあって、でも整理しきれていない自分もいて、だから、今、こんな状態なんだけど……」


 先をぼやかしてしまった。卑怯だろうか……


「NAOさん……そうだったんだね。そんなことがあったんだ。話してくれてありがとう。……NAOさん、ごめんなさい!」


「えっ」


「あっ、いや、このごめんなさいは……私もひとつ、NAOさんに話してないというか、嘘をついていたごめんなさいです。あのね、あのね……私、クラウンをやろうと思ったのは、家にこもりがちな自分を変えたいって言ったと思うんだけど、それももちろんあるんだけど、ホントはね……私も……」


「私も?」


「付き合ってた人がいたんだけど、遠距離で……ダメになって、だから、それを吹っ切りたいっていう気持ちと、違う世界を始めたいっていう気持ちと、本当はそんな理由でした。ちゃんと言えなくてごめんなさい」


「いやいや、謝らないでくださいよ。クラウンになろうと思った理由なんて、正直に話す必要もないんだし。でも、そうか……違う景色を見てた2人が同じことを経験して、今、こうしているってことだね」


「NAOさんと出会って、あらためて『出会い』っていうことを考えたんだ。私が今でもその人と付き合ってたら、この出会いはなかったし、NAOさんが別れていなかったら、こうして今ここにいないはずで……」


「そうだね、人と人の出会いって、不思議だね」


「NAOさんと出会えてよかった」


 サラッとそう言える愛子を羨ましく思った。同じようにサラッと言えてない自分に自己嫌悪すら感じたほどだ。


 そう言う愛子と顔を合わせ、ニコリとして頷いた。やはり自分は卑怯なのだろう。


 愛子を引き寄せ、抱きしめて唇を重ねた瞬間、愛さん……と、心が呟いた。

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